恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―


北川さんの〝頼み〟とやらを詳しく聞くために向かった和食料理店を私が知っていたのは、来店したことがあるからではない。
一般的に言う〝高級店〟だからだ。

柿谷先輩は、両親の結婚記念日に一度だけ行ったことがあると話していたけれど、『まぁ、頑張っても一年に一度くらいかな』という意見だったし、なかなかの金額設定なんだろう。

なんでそんなお店にわざわざ……とは思うものの、向かう途中で、北川さんから先に入店しているとメッセージが追加で届いたから変更するわけにもいかない。

最悪、お腹がすいてないからとドリンクだけ注文すればいいか、と金銭的な問題を片付けてから、駅の構内を抜けた。

駅から徒歩数分という立地にある和食料理店の前に立つ。
まず目を引くのは細かい格子の引き戸だ。こげ茶色の建物の左手前にある引き戸は少し小さめで、まるで茶室にあるにじり口だ。

引き戸の前にかかる上品なオレンジ色の暖簾を手でわけ、わずかに腰をかがめて入店する。
ちなみに、ハウスメーカーに勤めてはいるけれど、設計的な知識は皆無なため、こういった洒落た造りを目の前にしても〝すごいなぁ〟という純粋な感想しか浮かばない。

きっと、資格を持っている北川さんはまた違う感想を抱くのだろう。

扉を閉めると同時に「いらっしゃいませ」と声をかけてきてくれた店員さんに待ち合わせだと伝えると、すぐに確認してくれる。
そして席に案内される前に、今日は機械の故障でカードでの支払いができないことを申し訳なさそうに伝えられる。

これだけのお店になると、お会計になってからお財布の中身が足りなかった!なんてことも普通にありそうだ。
今はどこもキャッシュレスだけど、こういう、機械の故障っていうイレギュラーがあると大変だなぁと考えながら、店員さんに席まで案内してもらう。

照明がしぼられたムーディーなフロアにはカウンター席が八席あり、老夫婦が座っている。それを横目で見ながら通路を進むと、奥から二番目のふすまが開けられた。

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