恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
「こちらになります」
「ありがとうございます」
綺麗な角度でお辞儀をする店員さんに慌ててお礼を告げてから靴を脱ぎ座敷に上がると、Yシャツ姿の北川さんの姿があった。
六畳ほどの部屋には、正方形をした二色の畳が交互に敷かれていて目を引く。奥にはアジサイの掛け軸がかけられ、それを下からダウンライトが照らしている。
圧倒的な雰囲気にただ棒立ちになっていると、北川さんが「座ったらどうだ」と言うから、ハッとして座椅子に腰を下ろす。
チラッと視線を上げるとすぐに目が合うから、バツの悪さを感じながら「あの」と切り出した。
「ここはまずいんじゃないでしょうか……。私なりに、女性恐怖症がどういったものかをさっき少しだけ調べたんですけど、個室でふたりきりって結構なハードルの高さですよね?」
このお店を指定して個室に入っていたのは北川さんの方だ。
あとからくるのが私ひとりだってことは当然知っていただろうに、どうしてこんな危険な状況を自ら作ってしまったのか。
気分を悪くされたりしても困ると思い、開口一番に言うと、北川さんは水を一口飲んだあとで答える。
目線は私に向いたままだった。
「俺も正直、冒険だった。資料室で話したとき、途中から緊張もなにも感じなかったんだ。白石があまりに俺に興味がないと必死に訴えたからか、女性相手だっていうのにそこまでの苦手意識はなくなっていた」
「……すみません。失礼だとは思ったんですけど、私も必死で」
今考えると、面と向かって全力で〝興味がない〟なんていうのは失礼だった。
反省して謝ると、北川さんは「いや、あのおかげで助かった」と首を横に振る。
「白石と資料室にふたりきりでいても大丈夫だった。だからもしかしたら……と思ってここも個室にしてみたが……この距離感なら問題なさそうだ」
なんて。
北川さんはそういうけれど、資料室でもここでも北川さんの笑顔をまだ見ていない。
血の気が引くような思いはしていないにしろ、やっぱり多少の緊張はあるんだろうなぁと思いながら、その顔色をまじまじと確認する。