ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋


聞き覚えのある叫び声がドアのある方向から聞こえてきた。


「でも・・・俺はお前のお腹の子をなんとしてでも・・・なんとしてでも 救うから!!!何度、お前が死のうとしても・・・・俺は何度でもその子を・・・お前を・・救うから!!!!!」


更に近づいてくるその声。


『なんで?なんでまた・・・・助けようとするの?』

私は手をかけていたフェンスからズルズルと崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。
その瞬間、私の目からは涙が溢れ出る。

そんな私の耳にもしっかりと滑り込んできた近付く足音。


「失いたくないんだ、もう・・・俺にとって大切な生命をもうこれ以上・・・失いたくないんだ。」


さっきまで検査をしてくれていた産科医師は私の耳元で哀し気な声でそう囁いた。
そして私は彼に両脇を支えられながら身体を起こされた。
彼は私を支えながら、右手の親指でそっと私の滴り落ちた涙を拭ってくれた。

その後、私は今度は担架でもストレッチャーでもなく、その産科医師に抱きかかえられ病室に運ばれた。

白衣に染みついていると思われる消毒薬らしきニオイと
ドライクリーニング上がりのワイシャツの糊の香りと
そして
かすかな煙草の香りがするその人に抱きかかえられた私の脳裏には
なぜか、懐かしさが過ぎった。

そして私の目から流れる続ける涙は温かさを増していたような気がした。


そんなことを感じ始めていたその時の私は
”俺の大切な生命をこれ以上失いたくないだけ”
という彼が紡いだ言葉に隠された意味に気がつく事なんてできていなかった。

この言葉がこの先の私の運命が大きく変わる事を示すヒントだったなんて。



< 19 / 699 >

この作品をシェア

pagetop