ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋


だから俺は

『もう吐き気はないか?』

回答しやすいであろう現在の彼女の体調のみを問診。


『じゃあ、ここに横になってお腹出してくれる?』

そして、彼女を動揺させてしまわないように、プライベート性の高い名前すら聴くことなく検査を始めた。


妊娠週数がわからないまま一か八かで始めた経腹エコー検査(腹部の上から受信機をあてて行う検査)。
妊娠初期では経膣エコーでないとわからないけれど、そのエコーは膣から受信機を挿れる方法であるため、心理的ストレスを与えやすい。
自殺しようとしていたらしい彼女が妊娠を喜んでいるのかわからない今、
余計なストレスは与えたくない。
だから一か八かで経腹エコーを選択。


プローブを当てながらゆっくりと動かし始め間もなく、胎児の姿を確認。
心音も確認し、この検査で診断できると心の中で安堵。

それからは、いつものエコー検査の手順に沿って操作を進め、CRL(頭殿長:胎児の頭~おしりの長さ)とBDP(児頭大横径:胎児の頭の左右幅)を計測することでおおよその妊娠週数を割り出す。

こうやって俺はずっと捜し続けていた彼女の妊娠を自分の目でそして医学的所見においても確認した。


それと同時に俺の頭の中で沸き立つ葛藤
妊娠の事実
それを医師としてきちんと彼女に伝えなくては・・という考え

そして
それが現実であって欲しくないという感情


こんな感情も俺が産科医師になって初めて遭遇した状況だ
現実であって欲しくないという感情は自分勝手な俺の個人的な問題なだけだろう

でも検査を受けてくれた彼女が今、必要なのは、
おそらく彼女が置かれている状況を把握すること
だから俺がすべきことは産科医師として診断した結果をきちんと彼女に伝えるべきだろう



そう自分に言い聞かせた俺は空欄のままだった氏名を入力するスペースに”R”とだけ打ち込んだ。

Reina TakanashiのR
氏名確認をしていないのに、おそらくその人物名で間違いないと思い込んだ上での行動。

彼女はそれを見て気がつくのだろうか?
そのRが自分の氏名のReinaのRであることを・・・

そして彼女はふと思うのだろうか?
なぜ俺が自分の名前を予測できたのだろう・・・と

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