ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋


こうして、伶菜の診察体制が整い、俺は彼女の主治医として本格的に動き始めた。

伶菜の検温結果や会話記録など看護師情報を拾い、臨床検査データをパソコン上で確認した上で、奥野さんが入力してくれた内診所見を読む。

それらを丁寧に確認し、病室の本人の元へ向かおうと立ち上がった時、小松さんという看護師に声をかけられた。


「高梨さん、また自殺しようとしたりはしないでしょうか?」

『なんでそう思いますか?』

「だって、手首にリストカットの跡があったし、ここに来た時も屋上で飛び降りようとしたって聞いて・・・私が担当看護師になったので何かあったらどうしようと不安で。」


まだ看護師としての経験が浅い小松さんの抱いている不安はわからなくもない
病院内での自殺は本人はもちろん、それを目の当たりにした職員や他の患者さんへの心理影響も及ぼすことも予想される

医師や看護師にとっては普段の業務に加えてより細やかな気を遣わざるを得ない


『とりあえず、高梨さんの様子を一緒に診に行こうか。』

「はい。お願いします。」


だから、ひとりで全てを背負わずにチームで患者さんを診る
チーム内でお互いの考えを共有する

「日詠先生、安定剤とか睡眠導入剤とか処方しなくていいんですか?」

もし配慮が足りなくて、目の前の患者さんの心を傷つけてしまっても・・・



『いらないよ。彼女はそんな薬はいらない。』

「でも、高梨さんは・・・」

『大丈夫だ。』


みんなでフォローすればいい
いや、みんなでフォローをしたい

その姿勢が
患者さんの心に
伶菜の心にきっと伝わるだろうから・・・


俺らの配慮に欠けたやりとりを直に耳にしてしまったはずの伶菜。
酷く傷ついているはずなのに、驚いたような顔をして。
彼女はそれだけではなく、口を小さくきゅっと結んでゆっくりと頷いてくれた。
もう大丈夫が伝わってくる。
そんな頷き。


その大丈夫を俺は守り抜く
必ず
なんとしてでも・・・


俺は改めてそう誓い。彼女の主治医としてのスタートをようやく切ることができた。



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