ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋



なんなんだこの感覚
乾いた地面に水が滲みこむようなそんな感じ
ほっとするような安心感までも

もしかして
彼女はひとりじゃないことをわかって貰おうとした俺の心が逆に満たされているのか?
下手な寝たフリを続けたくなるほど、今のこの状態を手放したくない

こんな想いを抱いている俺・・・・一体どうしちゃったんだ?



こう自問自答している俺に

「初めての、胎動?」

驚きを隠せていない小さなその声とともに、彼女を包み込む自分の両腕からは彼女のピクリとした体の動きが伝わってきた。



どうやらいつまでもこの心地いい状況のままでいるわけにはいかなさそうだ

嬉しいのか?
それとも
戸惑っているのか?

彼女の気持ちの動きを今度こそ見逃しちゃいけない



俺はお互いにひと息ついて落ち着こうと彼女を廊下の隅にあるベンチに腰掛けるよう勧める
そして、俺に促されるがままベンチに向かった伶菜の肩に自分が着ていた白衣をそっと掛けてあげた。
彼女はそれを気にかけることなく、ベンチに腰掛けてお腹に手を当てた。


「動いたの!!!!!お腹の中で、赤ちゃんが!!!!!」

『初めての胎動だな』

「うん!」


弾けるような笑顔で興奮気味に胎動の報告をしてくれる
こんなにも嬉しそうな表情
他の妊婦さんも見せるようなその表情

彼女のそんな顔を見たのは初めてだったせいか自分も嬉しくなった。

ようやく子供が生まれてくるのを楽しみに待つ妊婦さんのような顔をした伶菜に
俺までもが心が高揚していることに気がついた。


そして、
そんな自分の変わり様を彼女に気がつかれないようにくしゃみが出た真似をしてしまう自分
背を向けて立ち去る際に彼女に見送られていることがくすぐったいと思いながら嬉しいとも思う自分
彼女が早く眠りに就けるといいなと思う自分

こんな自分がいることも初めて知った

・・・・この日は自分にとって新鮮な夜だった。

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