ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋



『退院計画書?! 退院してもいいんですか?』

そんな俺を犯罪者として訴えない彼女に感謝しながら、カルテから取り出した退院計画書を渡した。
信じられないといった表情でそれと俺の顔を見る彼女。
でも、嬉しさも隠せていない彼女。


そんな彼女が俺の日常からいなくなるのが寂しい
そう思うのは主治医として失格なんだろう


『よく頑張ってるからな。そろそろと思って。退院したら気分転換兼ねてベビー用品を見に行くといい。かわいいぞ、なにもかもが小さくてな。』

自分の気持ちよりも主治医として彼女のこれからを考えること
それが今、自分がやるべきことだ

そう心の中で誓ったはずなのに、退院計画書で口元を隠し、照れくさそうに再び俺を見上げた彼女がかわいいと思ってしまった俺。


もしかしたら今、このタイミングで彼女が退院することは
主治医でいるべき俺にとっても、患者さんである彼女との適度な距離感を持てるようにするための頭を冷やすいいタイミングなのかもしれない

『心配なことがあったら、いつでもおいで。』

それでもやっぱり自分に甘い俺は、”患者さんに頼ってもらえるはずの立場”という主治医の特権をさらりと行使し、ようやく彼女から離れた。


伶菜の今回の退院は体調が安定したことによるものだが、
先程お祝い膳の話をした産婦さんのように彼女もそのうちに生まれた赤ん坊と一緒に退院する日を迎える
ふたりの新しい第一歩となる日でもある

その日が来るのは楽しみでもあるが
その日を境に俺が彼女に関わる機会が確実に減るという日でもある


彼女の ”その日” を俺は
つい先程言葉を交わした産婦さんに対して感じたように、純粋によかったという想いだけで迎えられるだろうか?



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