ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋
「日詠先生、患者さん、あとひとり・・・高梨さんです。」
『まだ寝てますかね?』
「でも、もうこんな時間ですし、もしまだお休みでもそろそろ起きて頂きますね。」
『僕は今から病棟へ電話するので、高梨さんのほう、お願いします。』
俺は看護師さんと目を合わせてから頷き、電話の受話器を手に取った。
『産科日詠です。』
「ナオ・・・日詠先生?」
いつもは ”ナオフミくん、何か用?” と適当にあしらわれるのに、電話応対するこの時の福本さんはわざわざ日詠先生と言い直した。
きっと俺の心の揺れ具合が伝わってしまったのだろう。
『もしもし、日詠ですが・・・福本さんですか?お忙しいところ申し訳ありませんが、例の書類を持って診察室まで来て頂けますか?』
福本さんには伶菜の現在の状況を詳しく話しており、転院するにあたって必要と思われる書類を揃えてもらっている。
彼女の心が大きく揺れる可能性が高い転院の話をするにあたって、福本さんが傍に居てくれるのは俺にとっても心強い。
「わかったわ。今すぐにそっちに向かうから。」
『はい、、はい、、、じゃ、すみませんがよろしくお願いします。』
ただでさえ多忙な病棟から外来へ出向いてくれることに感謝しながら電話を切った。
主治医として、伶菜に何をしてやれるのか
もし、周囲に協力を仰いでなんとか名古屋で伶菜の出産と胎児の治療を行っても、やはり彼女達を救うことができないのか
それは胎児の治療ができる医師がいないせい?
いや
俺自身もリスクが高いとわかっている中で本当に冷静に対応できるのか?
もし、彼女達の生死に関わる事態に陥ったら
俺はその場で医師としてきちんと対応を組み立てられるのか?
その場でちゃんと立っていられるのか?
もし、伶菜を、腹の中にいる赤ん坊を失ったら、彼女達を失ったら俺は・・・
そんなことが頭を過ぎった時、人の気配を感じた。
伶菜。
彼女が不安そうな顔で診察室の入り口に立っていた。