心がささやいている
「自転車の鍵だな。子どもの落とし物か」
「そ、う…みたい」

努めて平静さを装いながら応えてみたものの、珍しく声に戸惑いを含んでしまった。足を止めたまま、さり気なく後方に視線を流すが、そこには特に誰もいない。先程まで一定距離を保ちながら後ろを歩いていた人物も、だ。
そう、後方には…。

(まさか、普通に声を掛けてくるとは思わなかったな)

ずっと視線を感じていた。そう。今まで後を尾行て来ていたのは、間違いなくこの人物だ。

「どうすんだ?交番に届けるのか?」
「そう、だね…。どうしようかな」

咲夜は周囲に目を走らせた。落とし主が探しに来た時にすぐに気付けるような、どこか目立って分かり易い置き場所がないかと考えたのだが、傍にベンチのようなものは何も無いし、大きな樹はあるものの枝は高い位置に伸びていて、もしそこに掛けておいたとしても小さな子どもでは手が届くか微妙なとこだった。それに何より視線が低い子どもでは気付けないかもしれない。だからと言って、このまま道路上に放置しておくのは危険な気がした。うっかり蹴飛ばされたりして横の茂みにでも入ってしまえば、余計に探すのは困難を極めるだろう。
咲夜は隣に立つ人物を見上げた。

「ここから一番近い交番って何処か知ってる?」
「ん?ああ。俺が知ってる限りでは駅前まで行かないと無いな」
「…そう」

遠いけど仕方がないか。そう思い、咲夜はとりあえず「ありがとう」と、礼だけ言って一歩を踏み出した。全然知らない人物との自然すぎる不自然な会話を終えて、何事もなかったように歩き出す。
< 41 / 98 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop