心がささやいている
まだ何か言いたげな颯太の視線を横に感じながらも何も言える筈もなく。依頼主との打ち合わせを済ませた彼らは、早速猫捜しへと向かうことになった。
「咲夜ちゃん、また明日ねっ」
手を振って離れていく辰臣たちを見送りながらも、咲夜は複雑な想いに(さいな)まれていた。

当てもなく町中を歩き回り迷子の猫を捜すという作業は、普通に考えて苦戦を強いられるものだろう。それでも、その猫が飼い主の元へ無事戻り、引っ越した先でもずっと一緒に幸せに暮らしていけるように…。そう願って、あの人はこの依頼を受けた。

でも…。

もしかしたら、迷い猫なんて本当は何処にもいないのかも知れない。
彼らの仕事は、無駄足になってしまうのかも知れない。
確かに収入は得られるが、必死に探して見つからずに終われば、少なからず彼らが落胆するのは目に見えていて。あの少女との約束が彼には重く伸し掛かるのだろう。

そんなの、報われない。
それが分かっているのに…。それでも、それを自分からは彼らに伝えられない。
(伝えたところでそんな話、信じられる訳がないよね…)

依頼主の男から聞こえた言葉は、自分の能力が今まで通りならば、全て本当のことだ。実際、猫は町中を捜したところで何処にもいないのだろう。男の意図するところは分からないが、それは間違いない。
それでも…。

(知らない方が幸せ…ということもある)

こんな真実なんて聞こえて来なければ、相手を何も疑うことなく、『数時間捜索しても見つからなかった』で終われるのだ。

(その方が良いに決まってる、よね…)

自分だって、そうなのだから…。
そう思い、咲夜が家へと向かう一歩を踏み出した時だった。
再び、思わぬ男の囁きが聞こえてきたのは。
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