心がささやいている
後方を振り返ってみれば、半泣きで母親にすがっている娘を見下ろしながら、その頭を優しく撫でている男の後ろ姿があった。
「チャチャのことは、きっとお兄ちゃんたちが見つけてくれるさ。だから、美玖(みく)は、お利口さんだからお家でまっていような」
「…うん…」

『猫を可愛がっていた美玖には悪いが、向こうでは飼うことが出来ないんだから仕方ない。だからと言って、保健所に持ってったなんて知れたら流石に親の面子(メンツ)も立たないからな。僅かな出費と手間で済むなら、これ位何でもない』


笑顔の裏に隠された真実。

小さなひとつの命を何とも思っていない、非道な行為。
自分たちの勝手な都合で、どうしてそんなに簡単に切り捨てることが出来るのだろう。

(…最低だ)

こんな人たちに動物を飼う資格なんてないのに。

(こんな人たちが子を持つ『親』だなんて、笑わせる…)

咲夜は表情を消して前へと向き直ると、ゆっくりと歩みを進めた。




遠く…、母の声が聞こえる――…
「可愛い可愛い、私の咲夜」
「咲夜はね、お父さんとお母さんの大切な宝物なのよ」

幼い頃から一番近くで聞いていた、耳に馴染む優しい声。
抱きしめてくれる温かな腕。
いつだって優しく包まれ、守られているという絶対的安心感。

でも、それは永遠に続くものではなかった。
終わりは突然やってくるのだ。

『あの人の子どもなんか産むんじゃなかった』
『アンタの顔なんか見たくない』

昨日までと変わらぬ笑顔の裏で、囁かれる拒絶。
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