心がささやいている
「まあな。一応契約では夜八時までって話ではあったんだけど、辰臣さんが絶対に見つけて家族揃って引っ越しさせてあげたいって折れなくてさ」
何処かから出してきたタオルなどを手提げの袋に詰めながら颯太が言った。

(ああ、やっぱり…)
そうなるんじゃないかなとは思っていた。予感はしていたのだ。
ランボーの件で初めて会ったあの日から、彼がそういう心根の優しい人物だということは知っていたから。

「でも、じゃあ大空さんはまだ…」
「ああ、まだ捜してる。あの人は諦めてないんだ」

この降りしきる冷たい雨の中。
このままでは家族と離れ離れになってしまうであろう可哀想な迷い猫と、その猫の帰りを信じて待っている小さな少女の為に。

本当は、そんな猫はもう…。何処を捜しても、この街にはいないのに…?

それでも目の前の彼は、そんな大空さんのことが心配で、一旦こちらへ戻って傘やタオルなんかを取りに来たのだという。
「オレはもう上がっていいって言われたんだけどさ。そうすると、あの人ずっと…徹夜してでも猫探ししてそうだろ?流石に、放ってはおけないからな」
あの人見かけによらず昔から頑固なんだよ、と肩をすくめて笑いながら自らも傘を開いて再びクリニックを施錠するその横顔は、既に雨に濡れて冷え切っているのだろう、妙に白くて痛々しいもので。咲夜はいたたまれない気持ちになった。

(本当のことを知っていながら、それを教えないでいる私は、最低だね…)

本来なら誰も知り得ない『真実』。
でも、どんなに捜しても本当に猫はもう何処にもいない。
それを知りながら、それでも見つかるまで雨の中捜し続ける彼らを自分は…。

(…見ぬ振りなんか出来ない。したくないっ)

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