心がささやいている
「あれっ?月岡…?」

街灯の明かりが届かない薄暗い通りの向こうから突然声が掛かり、咲夜は足を止めた。すると、灯りの(もと)見知った人物が顔を現した。それは、夕方丁度この辺りで別れた颯太だった。

「幸村くん…?」
「おう。どうしたんだよ?お前…。こんな時間に、こんな場所で」

そう普段通りに話しながらも彼自身は傘をさしておらず、薄手のウインドブレーカーのようなパーカーを羽織ってはいるものの、頭はすっかり雨に濡れて水が滴っているような状態だった。
「ちょっと!ずぶ濡れじゃないっ。風邪引いちゃうよっ?」
慌てて咲夜が持っていた傘を差し出すが、颯太は手を振って「ああ、コレくらい大丈夫、大丈夫」と笑顔を見せる。だが、その表情からはどこか疲弊した様子が見えて、咲夜は何とも言えない顔になった。

「思ったより本降りになったよなー?降り始めに一度上着取りに戻っては来たんだけど、流石にこんなに降り続くとは思ってなかったからな。傘持ってけば良かったんだけど、そう長くは降らないだろうと読み違えて、このザマよ」

そう何てことのない様子でおどけて話しながら、颯太は上着のポケットから鍵を取り出すとクリニックの扉を開けた。確かに、今朝の天気予報では雨が降るなんて一言も言っていなかったから誰もが予想外の天気ではあったのだけれど。
颯太はクリニックに入ると明かりを点けて、ガタガタと引き出しなどを開けては何かを取り出し始めた。どうやら、再び何か荷物を取りに戻って来たようだ。
入り口に立ったままで、そんな様子を眺めていた咲夜は両手で握っていた傘の柄をきゅ…と握り締めた。

「もしかして…今までずっと、猫をさがしていたの?」
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