心がささやいている
丁度清掃中だったのか、開け放たれていたクリニックの入口の前に差し掛かったと同時に中から声を掛けられてしまい、どんな顔をして入ったら良いのかと昨晩から悶々(もんもん)としていた咲夜の苦悩は徒労に終わった。

「おはよう、ございます」
「おはよー。昨日はありがとうね。なんか咲夜ちゃんにも色々心配掛けちゃったみたいで、悪いことしちゃったね」

室内をモップがけしながら眩しい笑顔を向けてくる辰臣に「いえ…」と戸惑っていれば、
「あ、どうぞっ。もう掃除も終わるから中入って待っててー」
と、(うなが)され、そのまま戸口に立っていても迷惑でしかないので「失礼します…」と、邪魔にならない場所へと移動した。
すると、二人のやり取りが聞こえたのか、奥から颯太が顔を出した。

「オッス」
「お、はよう…」

もっと何かしらの反応があるだろうと思い構えていたのに、颯太からもごく自然な挨拶が飛んできて咲夜は戸惑いを隠せなかった。
そんな様子に気づいたのか、颯太がさりげなく濡らしたクロスを手に咲夜の横にあるテーブルへと近づいて来た。そして、おもむろにテーブルを拭きながら隣にいる咲夜にしか聞こえない声量で口を開いた。

「お前の能力のことは、辰臣さんには言ってないから」
「え…?」
「依頼人のことは、お前が噂で聞いた話ってことになってるんでヨロシク」

小声でそんなことを伝えてくる颯太に。咲夜は信じられない思いで見つめていた。
「なん、で…?」

(やっぱり、信じられなかったから…?)

だが、そんな咲夜の考えを察したのか、辰臣がごみを捨てに外へ出たことを横目で確認すると「勘違いするなよ」と、颯太は向き直った。

「お前の話を疑ってるワケじゃない。ただ、俺の口から軽々しく人に話して良いものでもないと思ったからだ」
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