旦那様は内緒の御曹司~海老蟹夫妻のとろ甘蜜月ライフ~
すっかり不機嫌になった叔母さんは、フン、と鼻を鳴らすと俺に背を向け、廊下を歩いていってしまった。
……ただの通りすがりのように振る舞っていたが、おそらく父の指示でときどき俺を探っていたのだろうな。来月までに結婚する気配があるのかどうか。
「……まったく面倒な家に生まれついたもんだよ」
思わずひとりごち、腕時計を見る。始業時間を数分過ぎてしまったが、社長である叔母さんのせいなのだから仕方がないだろう。俺は開き直って気持ちを切り替え、自分のデスクに向かった。
十九時半頃、残業を終えてなにげなく理子のいる制作二課のオフィスを覗くと、がらんとした室内に彼女ひとりが残り、緩くウエーブがかった長い髪を持ち上げるように頭を抱え、俯いていた。
また落ち込んでるのか? 仕事のことか、それとも今朝の俺の言動のせいか……。
どちらにしろ気になるので、俺は静かに彼女のデスクのそばまで歩み寄り、声をかけた。
「ずいぶん疲れてるみたいだな」
顔を上げた理子は、うつろな瞳で俺を見てため息をついた。