旦那様は内緒の御曹司~海老蟹夫妻のとろ甘蜜月ライフ~
おそるおそる顔を上げると、千葉くんは勝ち誇ったような表情で私を見下ろしていて。
「俺が辞めたら困るんですよね?」
「そ、そりゃ……もちろん」
だからこうして直接説得しにきたのだ。先輩として上司として、真面目にあなたと向き合おうと思って。
でも、もしかして千葉くん本人は〝辞める〟という宣言を、よからぬ武器にしようとしているんじゃ……?
そんな予感を抱いた時には、体が宙に浮いていた。
「ちょっ! 下ろして……!」
私の体を持ち上げて肩に担ぐと、千葉くんは室内に向かって歩きだす。
あまり広くはないアパートなので、あっという間にリビング兼寝室のような部屋に移動した彼は、テレビやソファの置かれたスペースを通り過ぎて、窓際のベッドの上に私を下ろした。
すかさず覆いかぶさってきた彼を押し返すように、両方の手で彼の肩をぎゅっと掴む。
「落ち着いて、千葉くん……!」
「好きな人が自分の部屋をひとりで訪ねてきて、落ち着いていられる男はいません」
「いや、私がここへ来たのはあなたと話をしようと思って!」
「それって俺に〝辞めないでほしい〟って話ですよね? 蟹江さんが今ここで俺を受け入れてくれるなら、すぐにでも考え直します。ねえ蟹江さん、俺、本気なんです」