きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第21話(2):勅書。

 その日の午前中に申請を出し、なんと夕刻には外廷から伝令が勅書を携えて到着した。
 
 通常では数日かかる案件のはずだが、異例の速さである。
 おそらく……いや確実にアスランの配慮があったのだろう。

「これは驚きましたねぇ」

 リボルはアセナの許しを得て、勅書を読みながら声を呑んだ。
 カルロッテとアセナ、二人の皇妃の療養の為の転地を許可する旨が記されている。

 王城外の外出には厳しい規制がかかる皇妃の外出があっさり許されるとは……。
 否。 
 
 アセナだからこそ許されたのだ。
 
 リボルは自らの主に対する皇帝のただならぬ執心に背筋が凍った。

 リボルは平静を装い「陛下に感謝申し上げなければなりませんね。ご覧になられますか?」と言いながらアセナに外廷から届けられた勅書を渡した。

 アセナは受け取りゆっくりと黙読する。

「本当にありがたいことね。簡単に許される事ではないでしょうに」

 勅書には帝室の紋がエンボス加工された皇帝専用の紙に祐筆(ゆうひつ)が書いたであろう文章が並び、文章の最後にアスランの直筆の署名が入っていた。
 多少の癖があるが全体のバランスが整い読みやすい字だ。

「これが陛下の字? 美しい字ね」
「陛下は武術を得意とされておられますが、ヘダーヤト様に幼少の頃から師事されておられますから、絵画や書もかなりの腕前でいらっしゃいますよ」

 アセナは書面のサインを指でなぞった。
 
 初めて見るアスランの字は文字の終点をすこしばかり右に流す独特の癖がある。
 どこかで見覚えのあるような、懐かしい字だ。

 アセナは指を止める。

(似てる。ダイヴァの字に)

 九歳だったあの時、アセナの秘密の園で出会った貴人。
 何百回と練習し辛い日々の慰めにしたあのお手本。
 見間違うはずがない。

(でもそんなことは無い。先帝の皇子がウダの郷に現れることなどありえないもの)

 勅書を手にピクリとも動かないアセナを見て、リボルが心配顔で覗き込んだ。

「アセナ様、如何なされました?」
「あ、なんでもない。療養先はどこになるの? ここには書いていないけど」
「別紙に記載がありました。さすがに遠方は許されませんでした。オビスの離宮を提供していただけるらしいです」

「オビス?」
「都より南へ馬車で三時間の所にある帝室直轄の荘園です。風光明媚な長閑な場所でございますよ。ここよりも暖かいのでカルロッテ様の療養にももってこいでございますね。馬場もありますので、アセナ様のお好きな乗馬もお楽しみになられますよ」
「乗馬ができるの! すごく嬉しい。楽しみね」

 アセナは不確かなことは一旦胸に収め、目の前の喜びに浸る事に決めた。
 
 後宮の外に出るのはあのエリテル将軍と会った日以来だ。
 自分だけでなくカルロッテと侍女達が少しでも心静かに過ごせると想像するだけでも、飛び上がりたくなるほど嬉しかった。
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