いない歴=年齢。冴えない私にイケメン彼氏ができました
「で、でも!」
食い下がると、一度離れたはずの距離。
それが一歩分縮まった。八木が真衣香に向かって一歩近付いたからだ。
「八木さん?」
また、一歩。
もう一歩。
身動きが取れないほど、目の前に八木が立つ。
先ほどと違い、お互い立っている状態なので緊張は半減だが。
……しかし、見上げると不機嫌そうに眉を寄せる表情が見えた。
(た、頼りすぎがバレた……)
まだ仕事に慣れていない頃、すぐに八木を頼って質問しては『自分で考えろ』と、よく怒られたものだ。
「あの、八木さん……」
戸惑う真衣香が、繰り返し呼びかけるとようやく反応を見せる。
「…………いや、どう見てもお前マメコだな」
「はい?」
「こっちの話だ、気にすんな。 つーかマジで早く帰れ。 俺は一服して、もう一仕事するから」
顔の前でタバコを吸うジェスチャーを見せたあと、真衣香から離れスタスタとフロアを出ていく。
(……なんだったんだろ、怒ってはなさそうだったけど。 でも雰囲気がいつもと違った)
プライベートな問題に上司を巻き込みすぎてしまったことを反省しながら、真衣香はデスクの上を整理して、まだ片付けていなかった給湯室へ向かう。
ポットのお湯を捨て、水洗いをしていると。
キィ……っとドアの開く音。
続いて、パタンと閉まる音が聞こえた。
「あれ? 八木さん、早かったですね」
タバコを吸いに出ると、いつも10分は戻らない。
忙しかったりすると、仕事が進まず真衣香はよくムカムカと八木の帰りを待ったものだ。
洗ったポットの水を切り、元の位置に戻しながら呼びかける。
「給湯室、片付けるの忘れてただけです。 もう帰るんで怒らないでくださいね」
しかし、何の返事も返ってはこない。
(もしかして八木さんじゃない?)
人事部の誰かが忘れ物でもしていたのだろうか? もしくは杉田がまだ帰っていなかったのか?
その時、背後に人気を感じた。
八木だと思い込み話しかけていた相手は誰だったのだろう?と、振り返ろうとしたのだが、それは叶わなかった。