婚約破棄するはずが冷徹御曹司から溺愛宣言されました
「あの、くすぐったいです」

 大きな手を掴んで、失礼にならないようやんわりと胸元からどける。自分から彼に触れたのは初めてで、余計に鼓動が駆け足になった。

「心配しなくても今日はなにもしない」

「今日は?」

 聞き返したのに返事はない。それどころか、のんびりとクラッカーを食べはじめた。問いかけに答えるつもりはないのだろう。

 私もクラッカーをつまみながらお酒をちびちびと飲む。テレビがついていないのでふたり分の咀嚼音がやけに響く。

 この状況で無言なのはいつまでも落ち着かないなぁ。

 チラリと隣を盗み見る。長い指についた粉やジャムを舌先でぺろりと舐めとる場面を目にして、墓穴を掘ったと顔を両手で覆いたくなった。

 新さんの些細な言動に翻弄されまくりだ。

 というより、私が意識しすぎ?

 変に思われないように、細い息を吐いて心を鎮める努力をする。

「明日は予定入ってないよな?」

「はい」

 一か月ほど前、新さんに予定を空けておくよう言われていた。当初は引っ越しや結婚式の片付けをするのだろうと思っていたけれど、特にこれといってなさそうだし。
< 40 / 166 >

この作品をシェア

pagetop