恋はオーロラの 下で
吊り橋が見えた。

はるか前方の橋の向こうに女が一人歩いているのをチラッと目に入れ

周囲の景観に首を回して見ほれた。

橋の上から身を乗り出すように眼下の流れに向かって腕を伸ばした。

川の水に触れてみたい衝動にかられた。

下へ降りられるだろうか。

橋は多少の揺れがあったが

子供でも渡れるレベルだ。

問題ない。

中間あたりでもう一度ロープに両腕を広げて寄りかかり

上流へ目を向けた。

水流の勿体ないくらいの透明度はサングラス越しでもわかった。

弾みでロープから身を起こすと橋がかなり揺れてしまった。

先ほど見た前方の女はもう渡り切っているだろうとばかり思ったが違った。

様子がおかしいと気づくと同時に後ろへがくりと倒れた。

俺はすっ飛んでいき倒れた女の顔をのぞき込んだ。

「おい、大丈夫か?」

と声をかけたが目は閉じたままだ。

周りを見たが俺の他に誰もいなかった。

幸いにもリュックが支えとなり

強い打撲はないだろうと思った。

橋のすぐそばにある太い木の根元に

折り畳み式のアルミシートをバサバサと広げてから

リュックごと女を運んでその木に背をもたせかけたまま

肩から背負いバンドを脱がせて腕をそっと引き抜いた。

ジャケットのファスナーを胸元まで下ろし

グローブから手を差しぬいた。

「参ったな。」

俺はスマホを取り出してふもとのビジターセンターを検索した。

ガサガサと音がしたので女の方を見ると気がついたようだ。

「大丈夫か?」

俺は声をかけながら膝をついて顔を見た。

「あの、私。」

「良かった。橋の上で倒れたんだ。覚えてないのか?」

「すみません。橋が揺れたので気が動転してしまって。」

「はあ?頼むよ。あの橋は揺れが売りなんだ。知ってるだろ?」

「申し訳ありません。ご迷惑かけて。」

「一人?」

「はい。」

女は自分のリュックからボトルを出し

湯気立つものを飲んだ。

緑茶の香りがした。

「はあ。」

心底ホッとしたのだろう。

肩と胸で大きく呼吸した。

「まったく、こっちのほうがホッとしたよ。」

「ありがとうございました。もう大丈夫ですので。」

と言って立ち上がった。


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