君 色。 <短>
薄れる記憶の中でも、ひたすら幸福だったことだけは、覚えている。
私の全てだった、とまでは言えないけれど、
私の見る世界は確かに、あの人中心で廻っていた。
毎日があの人のことで始まり、あの人のことで終わる。
贅沢な毎日――
……あ、やっぱり全てだったのかも。
そんなことをぼんやり考えている間に、何個も繋げられた電車が途切れ、
再び、向こう側のホームへと景色が開かれる。
「え……う、そ――」
ほんの……
ほんの一瞬の出来事だった。
だらしなく肩に引っ掛かってた鞄が、灰色のホームにポトリと落ちる。
そして、私の瞳は、とうに限界を越えたところまで開いていた。
「な、んで……」
幻だと思った。
疲れ切った思考と瞳が写した幻覚かと。
電車が途切れた向こう側のホームに立っていた人。
無造作に立った、まっ黒な髪。
大きな瞳。
稟と伸びた背筋。
……違う。
本当は見えてなんかないんだ。
向こう側の人をはっきり確認できるほど、私の目は健康じゃないし
本当は、夕方の駅のホームなんて薄暗すぎて、目を懲らしたって見えるわけない。
でもわかったんだよ。
雰囲気で。感覚で。
曖昧になっていたはずの記憶だったのに
しっかりとまだ私の中に居座っていたらしい。