【女の事件】黒煙のレクイエム
第55話
8月21日のことであった。

アタシと離婚をしたひろゆきは、春日井市内の信用金庫に勤務しているOLでロシアンハーフのサナ(24歳)と会うようになっていた。

ふたりは毎日仕事が終わった後、JR新領駅前の広場で会って、駅前にあるカフェレストランで夕食を摂ってから、夜のデートを楽しんでいた。

ひろゆきは、アタシと入籍をしていないので、いつでもサナをひろゆきの家の籍に入れることを考えていた。

食事のあと、ふたりは腕を組んで駅前の通りを歩きながら話をしていた。

「ひろゆきは…別れた奥さんのことはどうするのよ?」
「こずえのことか…こずえは…ぼくのことをグロウしたのだよ…こずえはぼくにきつい暴力をふるった…だから…別れた…と言うよりも入籍をしていないのだよ…こずえはぼくがほしかったお嫁さんではないのだよ…」
「アタシは…こずえさんと違って優しいわよ…アタシをひろゆきの家の戸籍に入れてほしいの。」
「うん、いいよ。入れるよ…結婚…しようか…」

ふたりは、新領駅の裏手の通りにあるラブホへ行って、ベッドの上で抱き合っていた。

ベッドの上では、サナが受け身になって、ひろゆきが甘えていた。

8月22日のことであった。

ひろゆきとサナは、春日井市の市役所に婚姻届けを出して入籍をした。

サナは、ひろゆきといつでも入籍をすることができるようにあらかじめ戸籍抄本を取り寄せていた。

サナは、ひろゆきと入籍をした後に信用金庫をやめるので、婚姻届けを市役所に出した後、デスクの後片づけをして職場を去った。

サナが職場を去った翌日に、騒ぎが広まったようだ。

サナとひろゆきが入籍をしたことを、サナと職場で仲良しであったY野さんが支店長に話したので、支店長さんがおたついていた。

Y野さんからサナがひろゆきと入籍をしたことを聞いた支店長さんはどうしようどうしようとうろたえてばかりいた。

支店長さんは、サナが他の男性と結婚したら困る理由があるけんうろたえていた。

サナは、信用金庫と取引をしている会社の社長さんで、支店長さんのゴルフ仲間のH崎さんとの間によるヤクソクでH崎さんの会社で一番の働き者のT岡さんと結婚する予定だった。

T岡さんは、39歳まで安月給で与えられた仕事に文句ひとつも言わずに朝から晩まで働いて、職場の従業員さんたちが次々と結婚が決まっている中でT岡さんだけはがまんをしていたけん、そろそろ何とかしてあげたいとH崎さんが思っていた。

その時に、支店長さんとゴルフのあとクラブハウスでピルスナーをのんで酔っていたときに、T岡さんをサナと結婚させたいと口走っていた。

お酒の席であったけん、支店長さんは最初は冗談のつもりでH崎さんは言うてはった。

せやけど、H崎さんがT岡さんとサナの結婚は本気だと言うことに支店長さんが気がついたので、9月いっぱいまでには話をまとめたいと思っていた。

サナが職場を去ってから3日目の朝のことであった。

H崎さんが経営している会社のパソコンの電子メールに、サナからH崎さんあてにダイレクトメールで『アタシは好きな人と入籍をしたので、T岡さんにアタシのことはあきらめてくださいと伝えといて…』と書かれたあとにH崎さんのセガレが暴力団の事務所に出入りしていることなど…H崎さんのご家族をズタズタに傷つける文言がつづられていた。

他にも、T岡さんがヤクザのオンナにてぇつけていたことなど…T岡さんがオンナがらみのもめ事を起こしていたヘンレキもつづられていた。

それを聞いたT岡さんは、頭が大パニックにおちいったけん、職場放棄した後、サナを探しに行ったまま帰らなくなった。

H崎さんは、働き者のT岡さんが職場からおらんなったけん、困っていた。

同時に、若手の従業員さんたちがT岡さんがいなくなったけん『仕事を教えてくれる人がいなくなったから、仕事が分からないよぉ…』と言うて、ピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピー泣きわめいていた。

さらにその上に、8月25日が納期になっている仕事が半分以上も残っていた。

H崎さんが『納期に間に合わないよぉ…』とうろたえてばかりいたけん、仕事がストップした。

サナが職場を去ってから4日目の朝のことであった。

アタシは、名古屋市内のデリヘル店の仕事を終えて住まいのマンスリーアパートに帰ってきた。

この時、T岡さんがアパートにやって来た。

T岡さんは、アタシが暮らしている3つ先の部屋で暮らしているつばきちゃんにサナがどこへ行ったのか教えてほしいと言うとったけん、つばきちゃんが思い切りキレていた。

「キーッ!!あんたは一体何を考えているのよ!!アタシはサナと言う女のことは一切知らないわよ!!」
「どうしてそんなに怒るのですか…ぼくは恋人がいなくなったから探しに来たのだよぅ…」
「はぐいたらしいわね(あつかましいわね)!!アタシはサナと言う女のことは知らないと言うたら知らないわよ!!」

そこへアタシが帰ってきた。

「つばきちゃん、どしたんで一体…」
「こずえちゃん、助けてよ…」
「分かったわ。」

アタシは、つばきちゃんに変わってT岡さんにこう言うて凄んで行った。

「ちょっとあんた!!あんたよくもアタシの妹分のコにてぇつけたわね!!サナはアタシの妹分なのよ!!あんたはアタシの妹分のコの何じゃ言いたいのかしら(何だと言いたいのかしら)!?」
「なんじゃあって…婚約者だよぉ…会社の人の厚意でお見合いをしたのだよ…」
「アカン!!あのこはすでに婚約してはる人がおるんよ!!あのこはね!!神戸にいるアタシの知人のヤクザと婚約してはるのよ!!」
「いいがかりをつけるなんてあんまりだ!!」
「ますますはぐいたらしい(むかつく)わねあんたは!!あのね!!今日はむしゃくしゃしていて虫の居所が悪いけん相当イラッときとるけんちょうどよかったわ!!ちょっとツラかしてくれるかしら!!」

アタシは、T岡さんと一緒に下園公園まで行ってサナがT岡さんとどういう関係があるのかを聞いてみた。

「サナがあんたの婚約者だと言うことは本当なのかしら…あんた本当に会社の取引先の信金の支店長さんの厚意で出会ったと言いたいのかしら!!」
「ぼくがうそをついていると言うのですか?」
「ええ、その通りよ!!そんなもんはどーでもええとしてあんたに言わしてもらうけど、アタシはサナに激しいうらみを抱えているのよ!!」
「うらみを抱えているって…」
「サナにゼニかしとんよ!!サナは、国に置いてきたおかーさんとおとーさんにおカネ送ってあげたいと言うけん、アタシはサナにカネかしたのよ!!1ヶ月したら返す…サナはそないに言うけん、アタシはしぶしぶ待っていたのよ…ところが、サナは送金せずに、栄のホストクラブの売れっ子ホストにたーんと貢いでいた…アタシ、それ聞いたけん怒り心頭になってはるのよ!!」
「ぼくにどーせいと言うのですか?」
「サナがカネ返さないのであれば、婚約者だとほざいとるあんたが全額はらうことになっとんのよ!!」
「無理ですよ!!ぼくには、そんなゆとりはありません!!」
「そうは行かないわよ!!アタシね!!あんたみたいな女々しい男は、ヘドが出るほどはぐいたらしい(むかつく)のよ!!」
「女々しい女々しいって…ぼくのことをブジョクをしたな!!」

T岡さんは、右手のコブシを振り上げて殴りかかろうとしていたけん、アタシはこう言い返した。

「何なのよあんたは!!あんたそのふりあげたコブシでアタシをはりまわそう(殴ろう)としとんかしら!!」
「ああ!!そうだよ!!」
「はりまわすのだったらはりまわしてみなさいよ(殴るのだったら殴りなさいよ)!!そんなことをしていたらどないなるんかわかっとんかしら!?」
「なんだとオラ!?」
「アタシをしわいたら、神戸にいる知人の組長に電話するわよ!!アタシをしわくのか、サナがアタシから借り入れた5000万を返すのか…どっちかよ…わかっとんかしら!!」
「ふたつしかないのかよ…」
「そうよ!!返すの返さないの!?…分かったわ…ほんなら神戸にいる知人の組長に電話するけん!!」
「ひっ…そっそれだけはかんべんしてくれ…イヤだ!!死にたくない!!」

T岡さんは、恐れをなしてその場から逃げ出した。

なさけないわね…

図体ばかりでかいくせして…

弱々しいわね…

アタシは、冷めた目付きで逃げて行くT岡さんを見つめていた。
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