【女の事件】黒煙のレクイエム
第54話
8月18日の午後のことであった。

アタシは日中のバイトがお休みだったので、つばきちゃんと一緒に地下鉄栄駅の近くにあるきしめん屋さんへ行って、ランチを摂っていた。

アタシとつばきちゃんは、今朝の中日新聞に書かれていた運送請け負い会社の元従業員さんたちが訴訟団を結成して民事裁判を起こす関連のニュースのことを話していた。

ひろゆきの父親が経営をしていた運送請け負い会社は、無保険で運送車両は全部車検切れの車ばかりで従業員さんたちに支払うお給料も平岡さん以外の従業員さんたちのお給料をピンはねをするなどを繰り返していたので、タブロイド夕刊や週刊誌やテレビのワイドショー番組などが大胆に報じていたので、投石や討ち入りなどによる暴動が発生してもおかしくない状況であると思っていた。

店内にて…

アタシとつばきちゃんは、1600円の天ざるきしめんを食べながらこんな会話をしていた。

「ここ数日の間、テレビのワイドショーも週刊誌の記事も…みーんなひろゆきの父親が経営をしていた運送請け負い会社に関連する話題ばかりが報じられているけん、ホンマにうんざりやわ…ほかにも芸能関係の記事とかニュースなどがいっぱいあるのに…なんでやろねぇ…」
「何とも言えへんけど…」
「ねえこずえちゃん。」
「なあに?」
「こずえちゃんは、ひろゆきの家とは仲直りせえへんのね。」
「言わんでも分かるでしょ…ひろゆきの家は一生うらみ通すと言うてはるのだから…仲直りなんぞせえへんけん。」
「そうね…こずえちゃんは過去に離縁したダンナの家へのイコンが残っているはるけん、仲直りなんぞでけんよね…関西と岡山と愛媛で結婚生活をしていた時の家に激しいウラミをもってはるけん、こずえちゃんはウラミ通すしか他はないのよね。」
「そうよ。」

アタシはきしめんと天ぷらを全部食べたので、店員さんにそばつゆを頼んだ。

そばつゆが入っている容器が到着した後、アタシはそばつゆをつけ汁に入れてひとくちのんでからつばきちゃんにこう言うた。

「アタシね、こないおもたんよ…結婚は誰のためにするものだろうかって…亡くなった実父がそうだったわ…気に入らなかったらお嫁さんにきつい暴力をふるうだけふるっていた…実父は今まで何人お嫁さんを粗末にすりゃ気ぃすむんかって…そないにおもたんよ。」
「こずえちゃん、離縁した家のダンナをうらみ通して行くのだったら…結婚なんかせん方がいいわよ…今の気持ちでは…再婚をしてもまた同じことの繰り返しになるだけよ…アタシも、何人だったかよぉおぼえてへんけど、男とトラブルばかりを繰り返していたけん、結婚したいと言う気持ちになれへんのよ。」

つばきちゃんは、アタシにこう言うた後、食べかけの天ぷらを食べていた。

つばきちゃんと一緒にランチを摂った後、アタシはひとりぼっちで白川公園まで行った。

白川公園のベンチにて…

ひとりぼっちでベンチに座っているアタシは、青空をながめながらぼんやりと考え事をしていた。

公園内でうでを組んでラブラブになっているカップルさんを見たとき、アタシは大きくため息をついてからこう思っていた。

アタシは…

ひろゆきの家の親きょうだいのことを許さないと決めたけん…

一生、うらみ通して生きるより他にはないのだ…

恋をする喜びも赤ちゃんを産みたいと言う気持ちもまんざらないわよ…

アタシは、うらむことしか他にはないわ…

アタシが大きくため息をついた時、充血した目から涙がたくさんこぼれていた。

アタシは、泣きながら大沢桃子さんの歌で『恋し浜』を歌っていた。

アタシは、夕方4時にナゴヤドームへ行ってビールの売り子のバイトをしていた。

プロ野球の試合が終了してから2時間後に、アタシはファミマで深夜のバイトをしていたが、この時に義父がひろゆきを連れて突然やって来た。

義父は、アタシにひろゆきと仲直りをしてほしいとお願いをしたが、アタシは相当怒っていたので『イヤ!!ダンゴ拒否するわよ!!』と怒った。

アタシは、新しく来たお弁当を陳列ケースに並べながら義父に怒っていた。

「あんたは何を考えとんかしら!!家に女の子がおらんなったけん、困っているけんアタシに帰って来てほしいだなんてムシがよすぎるわよ!!あんたね!!ヘラミ(よそみ)ばかりせんとアタシの方を向いてよ!!アタシは、あんたらの家を一生うらみ通して生きて行くけん…あんたらは、今おかれている状況を受け入れなさいよ!!分かっとんかしら!!」
「こずえさん…まさよをカンドウした上にひさよが殺されたので、家には女の子がひとりもいなくなったのだよ…女の子がいなくなったから、うちが困っているのだよ…」
「はぐいたらしい(あつかましい)わねあんたは!!家に女の子がおらんなったらどう困ると言いたいのかしら!!そんなくっだらんことよりも、あんたが経営をしてはった運送請け負い会社の労使間で生じたトラブルの解決を先にしなさいよ!!わかっとんかしら、ダンソンジョヒの虫ケラクソシュウト!!」
「こずえさん…」
「アタシは今バイト中なのよ!!あんたらは、店に居座ってアタシのバイトの手を止めて何がしたいのかしら!!」
「居座る気はないよぉ…」
「だったら帰んなさいよ!!」
「このままでは帰ることができないのだよぉ…」
「はぐいたらしい(あつかましい)ジジイねぇ!!帰んなさいよと言うたら帰んなさいよ!!」
「だから…ひろゆきの顔を一目でも見るだけでいいから…こずえさんがひろゆきの顔を見てくれたら帰るから…ひろゆき…こずえさんにお願いをしなさい…ひろゆき…お父さんの言うことが聞けないのか!!言うことを聞け!!」

義父が店内で大声をはりあげたので、アタシはきつい目付きで義父を見つめながらこう言うた。

「あんたね!!店の中で大声を張り上げて他のお客さまをイカクするのであればケーサツか警備会社を呼ぶわよ!!」
「分かっているよ…一目だけでもいいからひろゆきに会ってくれ…ひろゆき…」

ひろゆきは、やる気のない表情でアタシに声をかけてきた。

「こずえ…帰って来てくれよぉ…」
「イヤ!!ダンゴ拒否するわよ!!」
「どうしても…ダメなのかな…」
「やかましいわねクソタワケ野郎!!あんたのツラを見ているだけでもヘドが出るのよ!!」
「こずえさん…」
「もういいでしょ!!帰ってくれるかしら!!」
「帰るよぉ…」
「帰るよぉと言ったら動きなさいよ!!」
「分かっているよぉ…だけどねこずえさん…」
「だけどね…そのあとは何なのよ!!アタシにどうしてほしいのよ!!アタシは、ひろゆきのクソタワケ野郎を一生うらみ通すから!!」
「こずえさん…ひろゆきにどんな落ち度があると言うのかね…」
「落ち度はたくさんあるからうらみ通すと言うてはるのよ!!ああ!!ますますはぐいたらしく(あつかましく)なったわね!!ちょうどよかったわ!!今、アタシの知り合いの組長がきたけん、あんたらのことを言いつけに行くけん!!」

アタシは、駐車場に停まっている赤のアルファロメオから降りてきたチンピラ連中のもとへ行って、ひろゆきと義父がストーカーしていることをチクっていた。

ひろゆきと義父は、チンピラ連中に殺されると思ってこわくなったので、その場から逃げだした。

ロッカールームにて…

アタシは、ロッカーの戸を開けて鏡に自分の顔を写した後、右手で髪の毛を思い切りかきむしっていた。

その後、ネクタイをほどいて、着ていたグレーのYシャツを脱いで、ロッカーの戸にバサッと叩きつけた。

鏡に写っているアタシの表情は、般若(おに)のような恐ろしい表情をしていた。

何なのよ一体…

アタシにどうしてほしいと言うのかしら…

家に女の子がおらんなったけん、アタシに求めているだけじゃないのよ…

アタシは、気持ちがキーッとなったので、再び右手で髪の毛を思い切りかきむしっていた。

そして、乳房を包んでいたレモン色のストラップレスのブラジャーを思い切り引きちぎって、床に思い切り叩きつけた後、なおもキーッとなってジタバタとしていた。

それから3分後、むなしくなったアタシは、その場に座り込んで、恐ろしい声をあげて泣いていた。
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