悪役令嬢だって恋をする
16、苛つきは最大に
 

 厚かましく横を歩くマルシェに、アベルもクレールも半切れ状態だった。


「アベル様ぁ、クレール様ぁ、こちらの絵画は素晴らしいですわ」


(会話をしてね、僕は関係ないから)という顔を見せるクレールに、アベルは舌打ちをして話し始める。


「…チッ、…(知識ゼロの馬鹿女)あぁこれは、有名(これを知らないとはアホだ)なマンカット・ジェルートの作品『草木を愛でる女』だ」

「まぁ、これがマンカ様の。わたくし、みたいですね、きゃっ」


 可愛いく(あくまで一般的)照れているマルシェに総ツッコミ。


「マンカット・ジェルートだ。変に訳すな」

 アベルは淡々と話すが、マルシェは焼きもちだと勘違いし、大変気分良くなっていた。
 それを真横でみていたクレールは、口から砂を吐きそうだった。


(体型が幼児と大人ほど違うけど?『草木を愛でる女』のモチーフは、あの白銀の騎士と王女の話であるエルティーナ様だよ?
 どこをどうみて、色んな男を知り尽くしたアバズレの自分が、死ぬ瞬間まで生娘だったエルティーナ様に似てるというかな?)


 マルシェの絶対的な自信が摩訶不思議だ。

 クレールはそれよりも後ろを歩くルビーが気になって仕方ない。


(…ルビー嬢と話したい。半分は落としただろうけど、僕としてはきっちりと落とさないと、落ち着かないし、許せないタチなんだよな)


 マナーに厳しいと有名なボリソフ伯爵夫人。夫人にクレールはかなり前から、自分の妻となる女性を見繕って欲しいと頼んでいた。

 とくに女のタイプはなく、美醜にも興味がない。

 アベルと違いクレールは穴さえあれば性行為が出来るタイプだ。女に対して来るもの拒まず去るもの追わずが通常運転。

 己より美しい顔面を探すのは無茶な話。それよりも所作だったり、他者に対しての気遣いが出来るかだったり、良い母親になる素質だったりと、内面に特化している女性を探していたが、いい女はいない。

 そこでやっと見つけた女がスチラ国、サールベン伯爵令嬢のルビーだ。
 自国でないから、ボルタージュ政権下の歪みも出ず根回しも必要なく完璧。

 あのボリソフ伯爵夫人から、たった半日でオススメだと太鼓判をもらった女。「会ってみては?」と推しの強い通達をもらった。

 アベルだけでは頼りないからと、手助けをする気持ちで、普段なら絶対にしないエスコート役をクレールはかって出た。
 それが功を奏し早々とルビーと対面できたのだ。


 結果、一目惚れ。

 内面云々よりも、正直ルビーの見た目がクレールのドンピシャタイプだった。人には好みがあるがクレールの好みは細かい。それをオール制覇した。


(もう手篭めにするか?)


 男慣れしていないなら落とす自信がクレールにはある。
 物騒なクレールの考えに、五メートル後ろを歩いていたルビーがブルッと震えた。


「サールベン伯爵令嬢、寒いでしょうか?」

「…(寒気? これほど気候が暖かいのに?)いいえ、大丈夫です、わ」




 アベルとクレールはマルシェからの熱い視線を貰いながら、しばらく回廊を歩く。

 ちょうど王族専用の自室がある宮殿から、騎士団演習場へ続く門があるところ。

 この建物は国王がいる政務室があり王立図書館や、会議室など用途に合わせた部屋が並ぶ本宮殿となっている。


 回廊の反対側から、とても楽しそうな声が聞こえてくる。遠目で見てもそれは楽園の一場面としか映らない。

 柔らかな色合いの金茶色の髪を豪華に背に流し、溢れ落ちそうな胸部は歩くたびにポヨンポヨンと上下運動。キリッと吊り目気味の大きな金色の瞳のラシェルと。

 濃い黄金の髪、濃いエメラルドの瞳を持ち、騎士らしく鍛え中の仕上がる一歩手前、あどけなさが残る危ういまでの魅力を放つレオナルド。

 二人が歩いてきた。

 両者気づいたのは同じ。だが口を開いたのは、やはりマルシェだ。王族大集合で何故、口を一番最初に開けるのか、馬鹿を通り越し最早、勇者だった。



「あら? ラシェル様では? お会いできて嬉しいですわ。ね、アベル様、クレール様!!」

 袖を引っ張っる仕草に、アベルは舌打ちをかます。

(何故お前が開口一番に話す!?)

 マルシェへの怒りより、ラシェルだ。この言い訳しても無理そうな状況に心臓がバクバク。

 昨日の今日で、マルシェと仲良く肩を並べ歩いているアベルの姿は、ラシェルがダメになったから諦めて、近場の女を選んだ。そうとれる。

 今までアベルが年頃の女を近くにおかないので有名であったから、よけいに不味い。

 すれ違った侍女や侍従ら、王宮勤めの人らが目を向いてこちらを凝視しているのを何度も見た。


 アベルとクレールの真ん中を陣取った、マルシェの輝くような笑顔の中に、勝ち誇った内部が空き見える。

 美男二人を両隣りに挟みながらも、レオナルドをガン見するマルシェ。


(マルシェ嬢、いい根性ですねー。僕やアベルと一緒にいながら、レオナルドさえも気になる? 男好きもここまでいけば拍手もの。
 見目がよく、権力があり、股間が大きければ後は構わないのですね)

(ラシェル!? 何故ラシェルがここに!? まずは謝るか!? いや挨拶か!? 天気の話か!?)


 クレールは一周回りマルシェ嬢に拍手を送り、アベルはラシェルへの言い訳に頭を悩ます。

 暖かな陽気を極寒に変える術を知っているのか、ラシェルはそれは美しく高圧的な態度でマルシェの喧嘩を買った。


 高らかとゴングが鳴った。



「まぁ! マルシェさん、ご機嫌よう。私は今から大好きなお兄様と二人きりでお勉強ですの。そのね、先生がとっても素敵で!!マルシェさんは会われてないかしら?」


 ピシッ。とマルシェは固まる。


 一見するとラシェルに虐められて可哀想に映るだろうが、マルシェのどす黒いオーラは感じとれる奴には分かる程に、笑顔を貼り付けながらも怒り狂っていると読み取れた。

 悪役令嬢ラシェルは、この機を待っていたとばかり。

 マルシェのあざと可愛い猛攻の追付いを許さない。

 溢れんばかりの胸を両腕で挟みながら、割れ目を強調させる。「貴女にはないものだから」と嫌味を込めて。ラシェルの悪役令嬢台詞はまだ終わらない。


「会われてないみたいで、それはとても残念ですわ。要人でもなければ、隣の国のただの令嬢に会うわけないですわね。失言だったかしら、ごめんなさい。
 〝私の先生〟は本当に勉強どころではなくなるほど素敵な殿方ですの!!」

 キャッ!! とわざとらしく胸を挟みながら(これ重要)ラシェルは照れている。


 これでアベルはキレた。

 クレールがアベルの背後にまわり、腕を後ろから掴んでいるが、どこまで耐えれるかクレールにも分からない。

(僕は文系!! アベル、落ち着いて!! ラシェル、やめてよ。アベルがキレてるから!!!)

 クレールの必死さは残念ながらラシェルに伝わらない。


「〝私の先生〟はね、例の物語である白銀の騎士の末裔ですの!! 我がボルタージュ王国随一の美しさですわ。
 クレールお兄様も〝私の先生〟の息子さんだから、まぁまぁ綺麗ですが、先祖返りをされているあの方は他とは雲泥の差、全然比較になりませんの。
 鼻垂れたお子様ではなく、それはもう色々と…色々ね、男性らしい魅力に溢れて。
 思わず見惚れてしまう美しいご尊顔とアメジストの宝石のような瞳、胸を鷲掴みにするバリトンの心地よく響く良い声。
 そう!!! ボルタージュ宰相のソードおじ様は!!!……あっと、はやく行かなくては!! 嬉しくて〝私の先生〟の事を語ってしまいましたわ。
 皆様、今日一日、素敵な一日になりますように」



 無表情のアベルがサーベルに手をかけようとして、クレールは恐怖を感じる。

(焼きもち焼かせるのに、父上を出さないでよ!! ラシェル!!)

 誰もが何も言葉を紡げない状況の中、ラシェルはまた一つ爆弾を投下する。


「ねぇ…お兄様、私、疲れたわ、抱っこぉー」


 とどめとばかりに、レオナルドの首筋あたりに手を置いて抱っこを強請る。


「…あぁ、うん」


 レオナルドは怒りから睨みつけてくる(すでに笑顔はなくなっている)マルシェ。

 それ以上に今にもサーベルを抜いて襲いかかってきそうな、どす黒い嫉妬を含むアベルの視線をレオナルドは前面に受けながら妹を抱えた。


「お兄様、大、す、き」

 ここでクレールはアベルの背後に周り、両腕を掴み。耳の側、小声でアベルに宣言する。


「まった、まった、アベル!! 冗談だよ、冗談、ラシェルの可愛い冗談!!いつもの事だろう!?
 あれはレオナルドだからね。ラシェルのお兄様、血の繋がった兄!! ライバルではないからね、殺気を抑えて、殺気やめて!!」


 アベルの状態なんて、知らんとばかりに。

 追い討ちで、ラシェルはレオナルドに恋人のようにギュッと抱きついた。身体の密着を見せつけながら。

 この場から出来るだけはやく逃げたいレオナルドは、ラシェルをつれてアベルとクレール、そしてマルシェの前から消えていく。


 残されたアベル、クレール、マルシェ、ルビー四人と護衛騎士二人。

 嵐のような現場に、硬直するしかなかった。



 ***


 爆弾を投下したラシェルに、マルシェは怒髪天。一応、一応、かろうじて微笑みながら「気分が悪くなったので帰りますわ」とルビーの腕をとり、帰ると宣言。

 向こうも儚げ女の体裁を取れないほどの怒りだったのだろう。アベルの嫉妬満載の状態はマルシェにはバレなかった。

 良かったのかどうか、ひとまず明日にまた会う約束を取り付けた。

 クレールはルビーとは話したかったが、アベルをこのままにしておけず、衛兵二人にマルシェとルビーを託して…。



 現在。


 騎士演習場で、アベルは化け物みたいな恐ろしさで若手の騎士達を昏倒させている。

 演習闘技場に連れてきて正解だった。あれは年若い騎士達のいい勉強になる。
 たるんでいる奴らへの叱咤激励だ。先方がどう捉えるかはこの際、知らない。クレールはひとまず安心していた。


「ギュンター・クルツ団長がいらっしゃって良かったです。僕は爆発寸前のアベルを止める腕力がないので」

「……また、ラシェル様か…。殿下はラシェル様が絡むと途端に残念になるな。あれはどうにかならんのか?」

「ボルタージュ王家の呪われた血ではないでしょうか?」

「クレール。呪われたはいい過ぎだ。多少人より一途なだけだろ」


 ぶっ飛んでいるヴィルヘルムを知っているギュンター団長は、アベルの狂気の恋には基本肯定的だ。

 女好きは国を狂わし、後継者問題は国を揺るがす。

 女に溺れ女の肉欲に逆らえない王など、御免被る。

 それでもだ、納得が出来ないところも多々。


「一途ですか…。是非その言葉の前に、傍迷惑な、をつけてください。ヴィル叔父上タイプは一人でいいのですよ。同じ時代に傍迷惑一途は、二人も入りません」

「全くだ」




 競技場に、立っている若者がゼロになり、アベルはやっと演習用の刃を潰したサーベルを地面に突き刺した。

(ふんっ、これしきで倒れるとは弛んでいる証拠だ!!)

 汗をかいてスッキリした脳は冷静になるが、冷静になればなるほど、先程の情景が頭を過りアベルの心臓部を握りつぶす。

(ソード叔父上と比べられたら、今までの努力はなんだった!? すらっと綺麗系知的タイプが良かったのか!? 
 ラシェルの好みは、ヴィル叔父上タイプではなく、ソード叔父上タイプだったのか!? 知らないぞ、そんな事!!)


 アベルはブツブツ言いながら、ボタンを腹あたりまで開けていく。
 久しぶりに動きに動いた為、熱さに我慢ができなくなった。

 演習場には男しかいない為、ストリッパーよろしくアベルはシャツを脱ぎ、トラウザーズ一枚のみでクレールの側までやってきた。


「…クレール、悪かったな。暴走して…」

「………いや、もうそれはいいけど。色々立派なんだからさ、やめてくれないかな、その色気ムンムン。酔いそう」

「素晴らしい筋肉だ! 流石アベル殿下!」

 爽やかな顔で賛辞を送る団長に、アベルは誇らしげに「ありがとうございます」と熱い視線を交わしている。

(筋肉系、暑苦しい…)

 クレールは今後のやり方を考えながら、バタバタと倒れた見習い騎士達をぼーと眺めた。


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