悪役令嬢だって恋をする
17、対面後の各自の心内
 

 演習闘技場を後にし、アベルとクレールは肩を並べ今後の対策を話すべく、政務室に向かって歩き始めた。



「で、ラシェルの悪趣味な挑発に乗って、まんまと今日は解散したのだけど」

「悪かった、反省している」


 意気消沈するアベルにクレールは、意地悪が過ぎたと反省しているところに、ヴィルヘルムの昔からの友人コンラート・ハイムがやってきた。


「よっ!!」


 コンラートはクセのある黒髪に黒い瞳、スッキリとシャープな顎に、高い鼻、分厚い唇と、男性らしく強面。
 それに騎士らしく鍛えた身体をもつ。騎士の中の騎士と言えた。


 元はヴィルヘルムの護衛騎士…と名のつく面倒事の後片付け係プラス、ストッパー。
 面倒ごともなんやかんやとブツクサ言いながらも、キッチリこなす。縁の下の力もち、いわゆるサポートのエキスパートだ。

 軍部でもその見た目から想像出来ない真面目さで、男達から尊敬される男だった。

 そんな男も今は二児の父。

 当時舞踏会で人気の有名人だった、儚い美しさを素でいく(外見のみ)妖精姫からの猛アタックに逃げるのをやめ、捕まった口。
 ヴィルヘルムの面倒事を被るも、常に前向きで優しい性格の底知れぬ魅力の沼に、女達は落ちていくのだ。


「ストラット卿!」

 騎士演習場にいるから会うのも理解するが、本当に久しぶりでアベルもクレールもコンラートとの出会いを喜ぶ。


「よせや、コンラートでいい。そもそもストラットの領地統治は嫁さんがやってる。俺は種馬みたいなもんだ」

「種馬って、コンラートさんらしいです」 

「相変わらずだな、コンラートは」


 クレールとアベルは楽しげに笑う。笑っている二人とは違いコンラートは真面目顔だ。


「…なぁ、演習場に殿下と坊ちゃんがいるからっていうんでさ会いにきた。ちと聞きたいんだが………殿下はラシェルの嬢ちゃんを諦めたのか?
 王宮内では、身持ちの硬い殿下の心を落としたのは、スチラ国のデール伯爵令嬢マルシェだと持ちきりだ」


「はぁぁぁぁ!?」

 アベルは全くもって心外だと、顔に嫌だと、書いてある。違うのかと、コンラートも安心で肩の力をぬいた。


「その反応じゃ、ラシェルの嬢ちゃんを諦めたわけじゃないんだな」

 コンラートは笑っているが、クレールはその噂話の回り方に心底驚き、アベルは発狂する。


「回廊を少し一緒に歩いただけで、もう噂が?」

「コンラート、噂話を聞いたらその場で撤回してくれ!! 俺はラシェルしか好きじゃない。ラシェルしか愛してない!!!」

 必死なアベルにコンラートは苦笑い。

「違うんじゃないかぁ? とは言っても、俺は基本的に部外者だし。殿下の身辺をベラベラ話すのは良くないからな。
 周りには言わせておけばいいが、一番心配なのは、ラシェルの嬢ちゃんがこの噂話をどう思うかだろう」

「ラシェルに会いに行く!!!」

「まてまてまて、そのまま突っ込んでも返り討ちにあうだけだぞ。絶対にラシェルの嬢ちゃんの気分は悪いだろ? 何故か理由は言えるのか? 一緒にいたのは任務かなんかだろ?」


 コンラートの言う通り。まさしくマルシェをエスコートしたのは極秘任務。
 何も聞かされていないラシェルに聞かせ、面倒な事件に巻き込むのはいけない。


「ぐぅっ」


 恐い形相で唸るアベルにコンラートは一言。

「ま、任務が終わったら頭を下げて謝ればいいな! ラシェルの嬢ちゃんは賢いし、分かってくれるだろう」

「それが…噂話より酷くてですね。アベルとアバズレ女が密着し歩いているのを、ラシェルはしっかり見ているのです。
 さっき偶然会って、ラシェルは…アベルとアバズレ女を挑発しましたから。あれは相当怒ってますね、絶対」

 クレールはアベルの表情を見るため、首を横に捻ると、やはり顔面蒼白だった。


「…ま、怒るのは殿下に気持ちがある証拠だろう? 可愛いヤキモチじゃないか」

 コンラートは大人の男、経験値をいかし進言するも、クレールからはまた違う意見を述べられる。


「ヤキモチかどうかは、ちょっと…あのラシェルですから…。
 ティーナ様と同様に、斜め上をいくタイプですから。アベルへの対抗意識で、自分勝手に婚約者を決めてくるってなる可能性も…」

「あぁ、やりがちだな…」

 コンラートとクレールは同時に溜め息を吐いた。


「何にしてもだ。殿下は一度、乙女心を学ばなきゃだな。今は一刻も早く、任務を終えラシェルの嬢ちゃんに平謝りし、愛していると宣言すべきだな」


 ごもっともだが、アベルはひたすらにマルシェを憎む。間違っても好きになどならない。

(あの女、絶対に許さないからな…)


 凶悪な顔でアベルは拳を握りしめた。




 ***


 レオナルドはラシェルを抱き上げたまま回廊をしばらく歩いた。もうすぐ目的地である、王の執務室に隣接するソードがいる会議室だ。


「…レオナルドお兄様、下ろして」

 ラシェルの声は地を這うようだ。


「…あ、うん」

「レオナルドお兄様、抱えるの下手ね。とても酔うわ。アベルお兄様やお父様は、もっとお姫様抱っこが上手よ。
 習うべきね、乙女の夢が壊れ百年の恋も覚めるわ」

「……うっ…(ラシェルが本気でキレてる…腕、鍛えるのを増やさないと…はぁぁぁぁ)」


 軽くレオナルドは傷ついたが、回りくどく指摘してこないラシェルは女の勉強するのには、もってこい。

 レオナルドの見た目と身分に惹かれ惚れる程度の女だと、微笑みかけたら100%落ちる。

 そのような女をレオナルドが好みであれば簡単だった。しかしレオナルドのタイプも少なからず変わっており、見目は可愛い系より綺麗系(ボルタージュ王国の血筋は皆そう)それより譲れないのが、地頭がよく頭脳戦に得意な女が好みのタイプだ。

 いわゆる男より政治が好きな(別名ラシェル系)女だ。

 レオナルドが惚れた相手は、年上であるし、ラシェル系の真ん中を突っ走る女性だ。
 政治経済外交が得意で、すでに外交官である父の手伝いをするほどだ。決して見た目の美しさだけでは落とせない相手。

 怒り狂っているラシェルの後頭部を見ながら、新たな目標を胸にレオナルドは、スキャナー伯爵令嬢の意志の強い瞳を思い出して、早く騎士の称号を手に入れ会いたいと願う。



 会議室には、幾人かの侍従が茶の用意をしており、我が国の絶対的な宰相、ソードはソファーに優雅に座り仕事中。

 僅かな時間も大切なのだろう、分厚い書類に目を通している最中だ。

 色々ムカついて、先程ソードを引き合いに出しアベルとマルシェを攻撃したラシェルだが、あの言動に嘘はない。

 切れ長の瞳に整った鋭利な美貌は思わず見惚れてしまう。本当にソードの見目は神秘的で綺麗だ。


(昔のお父様《アレン時代》は、あんな感じだったのかしら…)


 父であるヴィルヘルムも黙って立っていれば(ティーナが側にいない時)間違いなくそっち系なのだが、ラシェルは日頃から母ティーナとのセットをよく目にする為。
 ヴィルヘルムのイメージは、常に甘々極上の笑顔が多く。砂を吐きそうに甘ったるい人物であり、冷たい印象はないに等しい。

 よって他の人が思うヴィルヘルムの印象とはだいぶ違う。


「ソード叔父様、ご機嫌よう。お忙しいでしょうか?」

「いいや、大丈夫だよ」


 書類から視線を外し、顔を上げたソードは重苦し態度のラシェルとレオナルドに疑問を持つが、即座に疑問を解決。

 まだまだラシェルも可愛い子供だと理解して、微笑んでしまう。


「ソード叔父様、笑わないでください!! とても不愉快です」

 怒ってます!!を前面に出すラシェルにソードは笑わずにはいられない。



「まぁまぁ、レオナルドもラシェルも座りなさい。あの子達の邪魔をしない約束をするのであれば、理由を教えよう」

「理由?」


 答えたのはレオナルドだ。ラシェルは聞きたいのだろうが、負けた感じがし、プイッと横を向いている。

 豊満で匂い立つ肉体で忘れがちだが、ラシェルはまだ13歳の子供なのだ。


(あぁ、あ。これは、あれだ。アベルが向ける濃密な男女の恋愛とは違い、ラシェルのはお気に入りの玩具程度なのではないかな?
 くくっ。アベルはもっと頑張らないと、ラシェルをモノには出来ない)

 ソードはそう思う。

 身も心も大人のソードはラシェルの無視には、我関せず疑問の説明をしていく。


「レオナルドとラシェルは、こちらに来る時、スチラ国の伯爵令嬢二人と、アベルとクレールに会ったのだろう?」

 ピクッ(怒)と、ビジッ!! とラシェルからは血管がキレるような音が聞こえるようだ。

「は、い…」答えたのはレオナルド。



「あれは任務だ。今、王都メルカで、」

「知ってるわ、ソード叔父様、危ない媚薬が回っているのよね」


 ソードの言葉を被すように、ラシェルは勝ち誇った顔で言葉を紡ぐので、男二人は呆然とする。

 レオナルドは全くの初耳で、ソードは極秘に動いているはずの案件を、何故ラシェルが知っているのかと不思議だった。


「あら、驚かないでくださいな。なんだったら、その媚薬もってますわ」

 むっちりとした胸元に手を突っ込み、ムニムニと形が変わる谷間から薬を出して、ジャーンと偉そうに見せた。

「ラシェル!?」

「ソード叔父様、声が大きいわ」


 その薬を何故持っているのかに突っ込みを入れたいソードだが、それよりも薬を入れる場所だ場所。
 ラシェルの能天気さがあり得ない、年齢が子供でも、身体は大人にも一切負けないグラマラスボディなのだ。


「ラシェル、そこは物を入れるところではない」


 ソードの冷たい視線に、落ち込むがそこはラシェルだ、胸元に入れた事をスルーしつつ、何故薬を持っているかの理由を述べていく。


「この媚薬は、パメラお婆様に会いに王都へおりた時、友人から貰ったの。『効きすぎるから少量づつね、キャッ!!』って可愛い説明付きで。
 きっと王宮の方々が思う以上に市民には回っている。
 ソード叔父様。はやく禁止しないと結構やばめよ。何故か媚薬を持っているのは年頃の女子で、遊びの延長上みたいだわ」

 現在のところは被害が少ないが、出回れば危ない。楽しいだけではすまない。


「悪いが今日の授業は無しだ。媚薬の件、一刻も早く禁止を通達しよう。罰金をつけたら出回るのも防げるだろう。
 ラシェル、その媚薬は遊びではすまない。効き目が凄いからアベルには絶対に使わないように、あのタイプは従来性欲が強い。全て自分に返ってくるからな。
 王都からの報告で、使い過ぎで自我が崩壊した者も出ている」


(ヒェッ!! 無理っ!! なにもなくても、アベルお兄様、数回出さないと勃起が治らないタイプなのに!!相手をしたら、私、体力ないから死ぬっ!!)


 いつか使おうかなぁと、御守りのように思っていたラシェルの顔は引きつっている。レオナルドも顔面が硬い。

 忠告をし立ち上がったソードに、今度焦るのはラシェルだ。


「ソード叔父様まって!!出どころはスチラ国でしょ!! 売り捌いているのはデール伯爵領なの? アベルお兄様やクレールお兄様が毒に耐性があるから、マルシェに差し出してあぶりだそうというの!?」


 理解力がいいラシェルに、ソードは頷く。


「そうだ、二人の邪魔はしないように」

 ラシェルも立ち上がりソードの行手を阻む。


「いや!! いやよ!! アベルお兄様は私のです!!身体を毒に慣らしていても、媚薬の効果までは分からないわっ!!
 アベルお兄様は性欲過多で絶倫よ。もし、もし、大量に飲んでしまったら!?あんな女にアベルお兄様の初めてを奪われるのは嫌!!!」

 涙を溜めながら発言するラシェルに、はて、男女逆な発言だとソードもレオナルドも思う。

 そして、色々アベルに失礼だ。


「アベルはある程度の毒物に耐性がある。クレールも一緒だ、万が一飲んでも自我の崩壊まではしないから、大丈夫だろう」

「クレールお兄様はズル賢いから飲まないわ!!むしろ分かってながら面白いからって、アベルお兄様に飲ませるのよ!!
 アベルお兄様は抜けてるから、飲んじゃうの!!」

 酷い言われようだ。


「分かった、分かった、なんとか側にいれるよう取り計ろう。あくまで薬物の事を知らない程でいる事を約束してほしい。ま、ラシェルが側にいれば牽制にもなるだろうし、早々と足を出すかもしれない。
 アベルも自分がデール伯爵令嬢をエスコートするこの作戦には大反対だった」


「そうなのですか?」
「そうなの?」

 レオナルドとラシェルは息ピッタリに疑問を口に出した。


「そうだ。スキャナー伯爵が、この件を無事解決したなら、ラシェルをアベルの婚約者として大々的に発表したらどうだと宣言し、王以外は全員賛成。アベルは皆に頭を下げて感謝した。
 上手くいけば、ラシェルは正式にアベルの婚約者で未来の妻、このボルタージュの王妃だ」


 ぽかーん。ラシェルの可愛い口が開ききってる。


「ま、アベルには頑張ってもらおうとなった。ラシェルはそれでいいな?」

「…え、えぇ…は、はい…」


 ポケっとしながらも、胸の谷間まで真っ赤になったラシェルを見て、ソードは一言。


「ラシェル…その無駄に甘ったるい見た目が落ち着いてから、部屋を出るように。…襲われそうだ。
 レオナルド、ラシェルを自室まで送って侍女に渡してから騎士の宿舎に帰るように」



 嫌、もう言われるまでもない。ラシェルの色っぽさにレオナルドも驚愕している。

 照れながら、ポヨンポヨンと豊満な胸を揺らす妹に、レオナルドは薬物よりも恐い気分に陥いっていた。


(ラシェルの色気、狂気だな、狂気。アベル兄上の精神は人のそれを超えてる気が…する…)


 ラシェルからの性的濃厚接触に、頑として手を出していないアベルの強靭な精神力に、男として完敗だと心の底からレオナルドは思った。




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