私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
***

 口調はいつもどおりなのに、穏やかな表情の須藤課長を意識してから、妙な気持ちに陥った。

(――どうしよう。なんか落ち着かない……)

 ハンドルを握る須藤課長も、ずっと黙ったまま。静かな車内に、エンジン音だけ響いていた。自宅マンションまでは、まだ時間がかかる。口を噤んだこの状況で居続けることは、余計に意識する恐れがあると考えて、思いきって話しかけてみる。

「充明くん、スマホ貸してください」

「なにするんだ?」

「猫じゃらしで、みーたんと遊んであげようかなと。それに、仲良しポイントが貯まるでしょう?」

 須藤課長はなにも言わずに、ポケットからスマホを取り出し、私の前に掲げたので、ありがたく受け取った。

「俺のパスコードは」

「みーたんの誕生日ですよね?」

「松本がバラしたのか。隠し事ができないだろ……」

「隠し事って、もしや好きなコの隠し撮りをしていたり?」

 運転席で不貞腐れた様子を目の当たりにしたゆえに、この場を盛り上げようと、別な話題を提供したけど、失敗したのが須藤課長の眉間に刻まれたシワでわかってしまった。

「俺は盗撮なんて、卑怯なマネはしない。しっかり心に焼きつけておく。とはいえ彼女と逢える機会がそんなになかったせいで、枚数は少ないがな」

「確かに経営戦略部から出ない限り、逢えませんもんね。話すきっかけを作るのも大変そう……」

(純情上司の須藤課長がそのコに話しかけるなんて、奇跡に近いんじゃないかな)

 そんなことを思いつきながら、わんにゃん共和国を起動した。見慣れた画面にみーたんが映し出される。

「おかげで二年も片想いしてる」

 その言葉で、猫じゃらしを操作する指先の動きが止まってしまった。

「二年も片想い……。その間にそのコに、恋人ができたりしなかったんですか?」

「幸か不幸か、彼女は誰かに想われるということに慣れていないようで、うまいことあしらってるみたいに見えた。俺としては嬉しいことだけど」

 歪んだ笑いを頬に滲ませた須藤課長。嬉しいと言ったのに、どことなく寂しそうに見えるのは、気のせいなんかじゃない。

「誰かに想われることに慣れていないということは、ちゃんと意思表示しなきゃいけない相手なんですね」

「ああ、だから告白する。二年間の決着をつける腹は括った」

「充明くん、パニくるとおかしなことを言っちゃうから、事前にきちんと練習しなきゃダメですよ」

「わかってる。告白するセリフは紙に書いてまとめたのを、頭に叩き込んである。あとは俺が変に緊張しなければ、すんなり言えるハズなんだ。君が好きって」

 少しだけトーンが低くなった語尾の言葉に、一瞬ドキッとした。須藤課長の熱が込められているせいか、艶っぽさも含まれている『好き』というセリフに、きっと彼女はときめくかもしれないな。
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