私の推しはぬこ課長~恋は育成ゲームのようにうまくいきません!~
 車内に響く須藤課長の笑い声を消そうと、声を張りあげる。

「嘘言って、私をからかったんですね?」

「わざわざそんな写真撮ってまで、嘘をつくなんて手のかかることを、俺がすると思うか?」

 ちょうど目の前の信号が赤になり、車が静かに停車した。運転席から腕を伸ばして私の顎を掴むなり、強引に須藤課長に向けられる。

「俺は君が好きだ。絶対に嘘なんてつかない」

 吊り上がり気味の瞳がまっすぐ私を見、嘘をつかないと言い切った唇が、荒々しく押しつけられた。私からした唇の先だけのキスとは違う、須藤課長の存在を示すそれに、目を見開いたまま受け続けるしかない。

「んうっ……」

 鼻から抜けるような声が出たのをキッカケに、真っ赤な顔の須藤課長が名残惜しげに離れていく。

 触れるだけの簡単なキス――車という密室の空間にふたりきりでいることや、須藤課長の手が私の顎を掴んで放さないため、ドキドキが加速した。

「愛衣さん、君が好きだ」

 自分だけに注がれる熱い視線がぐさぐさ突き刺さり、甘さを含んだ須藤課長の声は鼓膜に貼りついて、好きという言葉がいつまでも耳を離れない。

 プップー!

 背後にいる車からのクラクションで、ふたりそろって肩を竦めて体を震わせた。いつの間にか、信号が青に変わっていたらしい。

「やらかした……」

 慌ててアクセルを踏み込んだ車の発進は、珍しく振動を伴っていて、キビキビ動いた。須藤課長の心情を表すような荒っぽい運転なのに、嫌な感じが全然しないのは、そんなことが気にならないくらいに、頭の中が真っ白になっているせい。

 今までは彼を意識した感情が嫌悪感というものだったからこそ、この落差はかなり大きい。しかも突然の告白に、正気でいられる人がいるなら見てみたいくらい。

「愛衣さんを好きになったきっかけは、わんにゃん共和国なんだ」

「へっ?」

 唐突に語り出した須藤課長の声に、耳を傾ける。

「二年前、社食で食事してる俺の隣に、たまたま愛衣さんがいた。向かい側にいる友人にとても楽しそうに、わんにゃん共和国のことを喋っているのを聞いて、君に興味を抱いたんだ」

「たったそれだけ?」

「ああ、それだけ。変だよな……」

 頬を染めたまま、くしゃっと笑う須藤課長の横顔を、ただただぼんやりと眺める。

「愛衣さんが営業部にいることがわかってからは、わざと用事を作って営業部に顔を出して、遠くから君を眺めたりしていたんだ。経営戦略部のヤツらに、不審に思われないように用事を作るのは、本当に苦労した」

「あのもしかして、今回の異動は――」

「愛衣さんを引き抜くために、影で人事と交渉を続けてた。人手がどうしても足りない。仕事のできる営業部の雛河愛衣を回してくれって、名指ししてさ」

「ぶっ!」

 思わず吹き出してしまった。人並み以上に仕事なんてできていなかったのに、かなり無理のある交渉じゃないかな。
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