【完】終わりのない明日を君の隣で見ていたい
ふたりきりの帰り道は、やけに静寂の存在が大きく感じられた。でもだからこそ、先生の鼓動と息遣いが近い。
今朝まであんなに遠くに感じていた先生。だけど、本当の先生を見つけた今、いっそうあなたのことが愛おしくて抱きしめたくてたまらない。
「森下」
先に静寂を破ったのは、先生だった。
「昨日は悪かった。言い過ぎたと思ってる」
「わたしの方こそ、すいませんでした」
「俺は気持ちを汲むのも伝えるのも、得意じゃない。でもそのせいでまわりを傷つけるのは本意じゃない」
硬質で淡々と並べられているように感じていた先生の言葉の意味が、今ならよく分かる。
「……聞きました。昔のこと」
風に溶かすように前触れもなくそっとこぼせば、それをきっかけにふたりで守っていたもうひとつの静寂の時が破れ、先生が小さく息を吐いた。
「あいつ、余計なことを……」
「余計じゃないです。先生のことで私にとって余計なことなんてないです」
ぎゅうっと先生の服を握りしめ、頑なな声音で否定する。
すると腹を括ったように先生がぽつりぽつりと声を落としていった。
「梅子……彼女がいなくなってから、煙草も始めたし、食事もろくに取らなくなって、無意識のうちに体に悪いことばかり進んでやるようになった。絶対間違ってるってわかってるけど、時々なにもかもぶん投げてあいつの元に行きたいって、そんなことが頭をよぎる」
わたし自身が先生の心の傷になってしまっていたことを、今更思い知る。