猛獣御曹司にお嫁入り~私、今にも食べられてしまいそうです~
三実さんは表情ひとつ変えずに答えた。

「悪いが付き合ってやれる状況ではない」
「あら、責任逃れ?」

志信さんが憎々しげに言う。

「まあまあ、その辺にしておきなさい。信士くん、菓子をやろう。おいで」

お義父さんが気を利かせて、信士くんを連れ出そうとしてくれるけれど、まだ幼い少年は母の服の裾をがっちりと掴んでうつむいているばかりだ。
三実さんは志信さんを一瞥すると、くるりと私の方に向き直る。

「幾子、今夜はおまえが眠る前に帰れそうだ。夕飯は先に済ませておいてくれ」
「は、はい」

私を見つめる三実さんの表情はいつもの笑顔。でも少しだけわざとらしいのは、この場の空気のせいだろう。
三実さんは次にお義父さんの方へ向きなおり頭を下げた。

「お父さん、失礼します」

三実さんは再び出かけてしまい、洋間に残るのは怒りで唇を噛みしめる志信さん、うつむいたままの幼い信士くん、少し面白そうに微笑んでいる義父。
私はいよいよ途方に暮れることとなった。


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