極上パイロットが愛妻にご所望です
「……覚えていないか」

 驚くことに桜宮さんは落胆したように肩を落とし、ぼそっと声に出した。

 覚えていないかって?

「あ、あのっ、私、知らない間に桜宮さんに失礼なことでもしたのでしょうか?」

 桜宮さんの落ち込んだようなオーラで、車内がなんとなくどんよりした雰囲気になったのを感じる。

「まあいいや。さっき言ったよな? 俺は君をよく知りたいと」

 吹っきるように口にした桜宮さんは、二重の目をチラリと私のほうへ流してから前へ戻す。

 あの場のリップサービスだと思い込んでいた私は、呆気に取られた。

「わ、わ、わ、私をよく知りたいって、どういう意味でしょうか?」

「俺と付き合って」

 脳内で桜宮さんの言葉を反復する。

 俺と付き合って? 付き合うって、ちょっとそこまで……ってこと? ……じゃないよね?
 私、からかわれているに違いない。桜宮さんのようなモテる人の誘いを真に受けちゃいけない。

『はい』と答えた途端に、爆笑され『今のは嘘』と言われるのではないか。

 そう思ってしまうのは、つい最近まで私の存在を知らなかったのに、付き合ってと言うにはあまりにも軽いから。

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