暗闇の中で
この世界は、色を失った。まるで白黒のフィルムを貼り付けたかのように、人々の間には冷たいモノクロームの壁が立ちはだかっている。本来、色彩なき世界であればこそ、人との肌の触れ合い、声の震え、交わされる呼吸といった「直接的な関わり」こそが、唯一の彩りとなるはずだった。
それなのに、世の中はどうだ。人々は他者の体液を、飛沫を、ただ汚らわしい忌避すべき物質として断罪する。かつての保健体育の授業や、無知な医療従事者が撒き散らした恐怖の種は、今や凶器となって社会を覆い尽くしている。彼らは教え諭す。唾がついただけで、あるいは誰かと肌を重ねただけで、まるでエイズに感染するかのように。
あまりに無知で、あまりに卑劣な洗脳だ。
医学的に見て、HIVの感染経路は極めて限定的だ。握手や抱擁、日常的な接触、あるいは唾液を介して感染するなどということは、生物学的にあり得ない。それなのに、人々は「正しく恐れる」ための努力を放棄し、安易な恐怖心に身を委ねる。教育という公的な場で植え付けられた誤った知識の残滓が、いまや生身の人間関係を断絶させるための「正しい配慮」として、誰も疑わない正義のようにまかり通っている。
合理性という名のハサミは、こうして科学的な真実さえも切り捨てた。彼らは清潔さを装いながら、その実、心の深部で他者への温もりを拒絶しているに過ぎない。
この合理的な地獄の中で、僕は問う。
繋がりを失い、ただ壊れていくだけのこの世界で、人はいつまで無知を武器に「人形」を演じ続けるつもりなのか。壁の向こうにいる人間と、温度を持って触れ合うという当たり前の営みが、今やどれほど過激で、どれほど危険な賭けになってしまったのか。
この問いは、画面の中の平穏な幸福に酔いしれ、科学という衣を着た偏見に守られている者たちには、永遠に届くことはないだろう。
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