暗闇の中で
秋生は、手元にあるサムスンの端末と、目の前の女が握りしめるiPhoneを並べた。サムスンのエンジニアとしての誇りと、かつての記憶が混ざり合い、冷ややかな視線が硬質なガラスの表面をなぞる。
「結局、これなんだ」
秋生は独りごちた。彼が手ずから部品を供給し、心臓部を設計したAndroid端末と、今や聖域のように崇められるiPhone。セキュリティ認証の隙間をトークバックで探り、ボイスオーバーの挙動を解析して辿り着いた結論は、あまりにも無惨な「等価」だった。
女がiPhoneを手にすると性格が変わる。孤独に耐えられなくなり、端末の中に「肩を叩かれた感触」や「手を握られた温もり」を探し求める。秋生は実験した。iPhoneが持つというその特別な「感触」を、エンジニアの視点で徹底的に解剖したのだ。
結果は、案の定だった。
「何も変わらない。Androidと何一つ、物理的な差異はない」
iPhoneが提供しているのは、技術による温もりなどではない。ただ、視覚障害者の利用頻度が高い読書アプリ『野いちご』のUIを、少しだけ丁寧に読み上げるというソフトウェア上の細工。それだけだ。今やAndroidもその読み上げに対応し、両者の技術的な距離は限りなくゼロに近い。にもかかわらず、なぜこれほどまでにiPhoneだけが障害者の間で神格化され、信仰を集めているのか。
秋生の頭の中で、パズルのピースが埋まっていく。
「癒着だ。障害者団体という名の看板を掲げ、Appleという巨大資本が『これが福祉だ』と銘打った製品を盲目的に礼賛する。その構図は、今の国際政治そのものじゃないか」
彼はトランプ大統領の顔を思い浮かべる。アメリカの言う通りにしろ、アメリカの製品を買え、アメリカのシステムに依存しろという強圧的な外交。日本という国が、自らの誇りも技術も差し出し、言いなりになってiPhoneを買い支えさせられている姿と、障害者団体がAppleの端末を熱狂的に推奨する姿が、見事に重なった。
「僕たちは踊らされているだけだ。iPhoneという名の『洗練された鎖』に繋がれ、それが障害者にとっての唯一の福音だと吹き込まれている。のいちご読書なんて、どの端末だってできるはずだ。それなのに、あえてiPhoneを選び、特定の企業に利益を誘導する。それが今の『福祉』の正体だ」
秋生はサムスンの端末を握りしめる。指先に伝わるこの冷たさは、嘘のない冷たさだ。
障害者団体のリーダーたちが、Appleとの癒着の中で高級な端末を配り合い、さも自分たちが「文明の最先端」にいるかのような顔で語る裏側で、真に困っている視覚障害者は、不具合だらけの時刻表と戦っている。僕たちが本当に欲しかったのは、ブランドのロゴが入った端末の感触なんかじゃない。隣にいる誰かの、泥臭くて、少し汚れていて、けれど確かな体温だったはずだ。
「技術が至らないんじゃない。僕たちの心そのものを、彼らがシステムという名のフィルターで削り取ってしまったんだ」
秋生はiPhoneを持つ女に向かって、皮肉を込めて言った。
「君がその画面の中に感じている温もりは、ただのプログラムだ。そして、そのプログラムを買わされているのは、僕たち全員の自由だということに、いつになったら気づくんだ?」
女は答えない。ただ、iPhoneの滑らかな液晶の上で指を滑らせ、次のアルゴリズムの濁流へと身を投げている。秋生は思う。この国がアメリカの言いなりにiPhoneを買うように、僕たちは自分たちの意志という回路を、誰かに売ってしまったのだと。サムスンのエンジニアとして、彼はこの「偽りの感触」を、いつか必ず物理的に破壊してやると誓った。
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