華麗なる人生に暗雲はつきもの




 水野は俺に掴まれた左手をさすっている。


 俺の指の跡が赤く深く残っている手首を。



「悪い」



 反射的に、その手首に触れようとするが手が止まった。



――あなたが触れることもイケないわよ?



 安っぽい女。


 安っぽいライト。


 安っぽいホテル。


 安っぽい俺。


 次々に浮かんでくる。


 忘れていたはずなのに。


 忘れられると思っていたのに。


 思い出すことなんかないと思っていたのに。


 どうして、今さらになって。


 触れることを戸惑った手に柔らかい温もりが触れた。



「もっと優しく繋いでください」



 ほんのりと頬を染めながら微笑む水野の手を今度は迷わずに握る。


 思考は断ち切られ、瞬間的に答えが出た。



「悪い」



 二度目の謝罪は今度は優しく柔らかく夜の空に吸い込まれた。


 そうだ。


 安っぽくなどない。


 そう、今は。


 水野をしっかりと想っている。


 この気持ちは安っぽいものなんかではない。


 水野の手を掴みながら、強く思えた。



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