一級建築士の甘い囁き~ツインソウルはお前だけ~妊娠・出産編
三月までオーストラリアに留学していたという鈴原は、佐和山建設の内情はほとんど知らずに千香子の紹介という形で、他社からの派遣社員という名目で佐和山建設の設計課に配属されたと聞いている。

人事部長に連れられ、あちこち部署紹介をさせているときに海音を見つけた。

社長と同姓の海音を、瞬時に社長の息子と認識し、その容姿の良さと能力の高さに、ターゲットとしてロックオンした鈴原が、人事部長をたらしこんで・・・失敬、唆して設計課に配属させたことは、社内では密かに有名な話らしい。

息を潜めていたしのぶに耳打ちされた萌音は、海音の腕をそっとはなして、壁際に避難した。

私怨をもとに海音に近づいてきた佐和田とは違い、明らかに獲物を狙う女豹の香りがする。

前回の入院以降、自宅療養を余儀なくされていた萌音は、連日、千香子の韓流ドラマ鑑賞に付き合わされている。

建築デザインに夢中になっていた学生時代、萌音は恋愛どころか、その分野全般に疎かった。

繰り広げられる韓流ドラマの世界は、同じ御曹司に嫁いだ萌音とは全く世界が違う。

記憶喪失に自殺未遂、誘拐にひき逃げ。

詐欺は当たり前で、常に誰かが陥れられる世界。

「でもね、このドロドロの中にも純愛や家族愛が描かれているのよ。何より俳優がみーんなイケメンだしねぇ」

うっとりと語る千香子に、萌音は躊躇いがちに頷いたものだ。

確かに客観的に見れば十分面白い。

それが我が身にふりかかればそうはいかないだろうな、と思っていた萌音だが、こうして目の前で繰り広げられる舞台に立つ鈴原は、さしずめヒール役の女優のように輝いている。

「なに見てるのよ、さっさと出ていって」

そう告げる鈴原を、なぜか萌音がうっとりと見つめているのを、風太郎が訝しげにみていた。
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