ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第64話~甘酒

「航さん。明けましておめでとうございます。」
「あぁ、おめでとう。」

 航はあくびをする。

「初詣に行きたいです。」
「あー少し落ち着いてからな。」

 また寝ようとする航。

「どうして落ち着いてからなんですか?」
「行くなら西新井か浅草だろ?どっちも混んでる。」
「人が多いことなら大丈夫です。航さんと一緒なら、なおさらです。」
「オレが嫌なんだよ。すげー行列でなかなか進まねぇし、店は騒がしいし、落ち着かねぇし…。」

 百合は笑った。

「なんだよ。」
「やっぱり航さん、子供です。」
「うるせぇよ…。」

 航を無視し、百合は笑ったまま言った。

「行列…お店…。楽しそう…。」

 百合のその言葉が、航の心をつっついた。

「それって、いつくらいになったら落ち着くんですか?教えてくださいね。それまでにお願い事、決めておかないと…。あ、でも新年のお参りだから、抱負?とかのほうがいいのかな…。んー…。」

 航は起き上がる。

「ぶつぶつ言ってないで支度しろ。」
「え?」
「行くんだよ、初詣。」

  航たちは一駅先まで電車に乗る。駅に着くと人で溢れかえっていた。

「こんなに人すごいんですか?航さん!」
「離れるなよ。」

 百合はしっかり、両手で航の腕を握り締める。駅を出るとさらに人が増え、境内の外から参拝者の行列ができていた。屋台も沢山ある。百合はどきどきしていた。

「航さん、楽しいですね!」
「…楽しいか…?それよりお願い事は決めたのかよ。」
「あ!」
「また決まってないのか?でも行列が長いから、時間は充分にあるな。ゆっくり考えろ。」
「航さんは決まってるんですか?」

 聞かれた航は、難しい顔も悩むような顔もせず、そのままの顔で考えた。少しして、百合の質問に答える。

「決めた。」
「何ですか?」
「教える訳ないだろ?」
「んー…私も決めないと…。」

 初めての航との初詣。その年、初めてする航とのイベント。百合は嬉しかった。

「順番だ。」

 ふたりは心を静め、二礼二拍手、心を込めて祈り、一礼をする。

「ちゃんとお願いできたか?」
「はい!」
「何個お願いしたんだ?」
「ひとつです!」

 参拝が終わり、境内を歩くふたり。

「人が…減らない…。」
「みんな願ってんだろ。一年、無事過ごせるように。」
「そうですね。」

 百合はにこっとした。

「あ、航さん。甘酒、飲みませんか?私、飲んだことないんです。」
「オレはいらない。飽きた。」
「?そんなに飲んだことあるんですか?」
「親父が好きで、オカンが毎年作るんだよ。昔から毎年。もう飽きた。だからオレは…。」
「じゃあ私だけ飲みます!買ってきますね!」

 笑う百合の後ろ姿を見て、航は立ち止まる。自分の両親のことを、つい口にしてしまった。航は後悔する。笑顔で戻ってきた百合。余計胸が痛んだ。

「航さん。次は、おみくじです!」
「引いてこい。」
「航さんもです!」

 航の腕を引っ張る百合。仲良くおみくじを引いた結果。

「小吉…。航さんは??」
「大吉だ。何かいいことあるんだろうな。」

 しみじみ言う航。安心したように、嬉しそうに。しかし百合は悔しく思う。

「もう1回…。」
「だめだ。勝負は1回だ。まぁ、おみくじは勝負じゃないけどな。」
「あ、じゃあ私、航さんの『吉』もらいます。そうすれば中吉くらいになるかも…。」
「バカなこと言うな。あげねーよ。」
「少しくらい、いいじゃないですか!」

 ふたりは茶そばを食べて帰ることにする。百合はずっとにこにこしていた。航の悔いが残っているところ、百合は航に聞いてきた。

「航さんのお父さんとお母さんて、どんな人なんですか?」

 航は返事を躊躇する。しかし今は、百合に合わせることが一番だと思った航。百合の質問に素直に答えた。

「うちは…うるせぇ家だな。仲良くしゃべってたかと思ったら、いつの間にかケンカになってたり。仲が良いんだか悪いんだか…。妹がいた頃はもっとうるさかった。」
「あ、そういえば、妹さんいるんですよね。どこにいるかわからない…って。」
「あいつは昔から着るもんにはうるさくて、欲しい服が高いからこづかい上げろって、オカンにせがんでた時もあった。服飾の専門学校行って、すぐ家飛び出して、色んな店で働いてる。転々とするんだよ、住んでるとこごと。そんなんで経験積めてんのかどうか…。」

 航は百合の様子をうかがう。なるべく自然に。

「こんな話、面白いか?」

 百合は笑顔で答えた。

「はい。航さんのこと、知ることができます。航さんはやさしい人だから、きっとご両親もやさしい人なんでしょうね。それから妹さんは、航さんみたいに意志の強いお洒落さん。うるさいくらい、みんな仲良し。」

 にこにこしながら百合は茶そばを食べる。決して無理をしているようには見えなかった。家族のことを話してよかったのかどうか、航は結局わからなかった。

 人混みを抜けても、百合は航の腕を握り締めていた。

「お願い事、叶いますように…。その為に、頑張ります…。」
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