ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第65話〜12

 初詣から帰ってきた百合はとても満足していた。コートを脱ぎながらリビングに向かうふたり。

「神様は何個もお願い叶えてくれないぞ。」
「だから、ひとつです!」
「何お願いしたんだよ。」
「秘密です。航さんは?」
「秘密。」

 ふたり向かい合わせで座る。

「教えてくれないと、お鍋のシメ、ご飯にします。」
「だからそれは関係ないだろ??」
「あ…。」
「ん?」
「じゃあ来年…教えてください…。1年経てば、もういいですよね?だから来年も…一緒に…。」
「そうだな、そうしよう。で、来年も一緒に行こう、初詣。」
「はい…。」

 百合は笑った。小さく、恥ずかしそうに。航はその百合の頭をなでた。

「あ、航さん、何か飲みますか?コーヒーでも持って…。」
「百合。」

 立ち上がろうとする百合を航は止める。

「はい。何ですか?」

 航は頭を抱える。考え、迷っていた。そして決める。

「少し、あんたの話を聞いてもいいか?」
「はい…。何の話ですか?」

 不思議に思う百合に航はやさしく言う。

「もし話したくなければ話さなくていい。苦しくなったらすぐ止めろ。いいな?」
「はい…。」
「聞きたいのは、あんたの実の父親のことだ。」

 百合は動揺もしない、息苦しくなることもなかった。しかし何か戸惑い始める百合。

「百合?大丈夫か?」
「大丈夫です、航さん。ただ…。」
「ただ、なんだ?」
「私が12歳の時に両親が離婚したので、あまり覚えてないんです。」

 寂しげに言う百合。

「12…。」

 航には想像するのが難しいことだった。

「その頃まだ共働きだったし、家族で旅行とか出掛けたりとか、元々あまりしない家で。離婚してから月に一度会ってたんですけど、それもいつの間にかなくなってました。」

 航は少しでも多く情報を得たい。

「今は、どうしてるんだ?」
「わかりません…。母が今でも連絡を取っているのかも…。」

 小さなため息をつく航。そして下を向いた。そんな航に百合は明るく言う。

「とても優しい人でした。いつもにこにこ、私に笑いかけてくれました。それから、よく覚えてるのが、桜です。」

 航は上を、百合を見る。

「桜?」
「はい、満開の桜。大きな池のある大きな公園に、毎年連れていってくれました。2人でお花見をしたんです。公園の周り…公園の中まで桜の木があって、とても綺麗だったのを覚えてます。」

 百合は微笑んでいた。穏やかだった。航は確信をつく。

「実の父親のこと、どう思ってる。」

 微笑みながら百合は言った。航の心配は無用だった。

「好きです、お父さんのこと。」

 航は百合の手を握る。握った手を見ながら言った。

「よかった…。」
「どうしたんですか?航さん。」
「もし実の父親のことまで憎かったら、家族みんな憎い憎いで、つらいだけだろ。」
「航さん…。」
「そんなの寂しすぎるだろ…。」

 百合は航の手を握り返す。

「やっぱり航さんはやさしいです。」
「そんなことねぇよ…。」
「…私が、航さんの家族のことを聞いたからですか…?」
「それも…あるけど…それはきっかけで…。話、聞けたらいいと思ったんだよ…。」
「私は、航さんのこと知りたいです。私も航に知ってもらいたいです。そうやって重ねていこうって航さん…。だから、ありがとうございます…。」

 航はまだ握った百合の手を見ている。

「あんたのことだから、それ以降、見に行ってないんだろ。桜。」
「…会社の付き合いで一度…。」

 手から百合の目に目線を変える航。

「じゃあ、今年は行こう。これからはオレとふたりで見るんだ。」

 お互いがお互いを知る。目には見えない背景、記憶。知りたい、知ってもらいたい。その気持ちは航も百合も同じ、そしてそれは確かなものだった。

「航さん…ありがとう…。」

 笑顔になる百合。『ありがとう』の一言では足りない想い。百合は航に小さなキスをした。

「…航さん!」

 百合は思いっ切り航に抱きつく。勢いよく床に倒れ込んでしまった。百合は航の胸の上。

「なんだ?始めんのか?」
「えっ。」
「オレはいいぞ。」
「え…。」
「どうすんだ?」
「航さん。」
「ん?」
「口、閉じててください…。」

 航の顔が、百合の髪に覆われる。百合の体は、航の腕に縛られる。
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