となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 会社から近い、大手チェーン店の居酒屋に五十人近くの人が集まっている。勿論社長も参加していて、いつものように会は盛り上がっている。


 私の周りにも、比較的中の良い社員が集まって盛り上がっている。お酒も多少入り、声を出して笑ってみるが、心のモヤモヤは晴れていかない……



「ここいいかな?」

 声のする方へ顔を向けると、社長が隣りに腰を下ろした。


「はい」

 勿論、快く返事を返す。

 社長は、皆の話に耳を傾け、豪快に笑う。
 いつもと変わらない……


「今日は、何かあったのかね?」

 社長が優しい笑みを私に向けて言った。


「はい? いいえ……」


「いやいや、別にプライベートに物を申すつもりはないよ。ただ、いつもより目に元気が無い気がしてね」


「目ですか?」


「ああ目だよ。君の目は特別かもしれんなあ…… 特にあいつにはな……」


「え?」

 私は、社長の顔を見た。



「いやいや、こっちの話だ。そうだな…… 人とかかわればかかわるほど、悩みも多くなるものだ。君の目をそんなに悲しませるのは、一体何かな? 誰かに怒っているのかな? それとも…… 」



 社長が何かいいかけたのだが……

「宴たけなわではありますが……」

 幹事の声に、社長は立ち上がろうとテーブルに手をついた。



「君のとなりに座るの私じゃないようだな? さあ、二次会に行こうか」


 社長は、皆に促されながら出口へと向かって行った。



 私は、何にこんなに落ち込んでいるのだろうか?

 一也への苛立ちだったはずが、胸の中は悲しみでいっぱいに変わっている。


 好き勝手な事をさせてくれいたのに、怒って出てきてしまった私を、もう嫌いになってしまったかもしれない。
 こんなに、一也に嫌われてしまう事が辛いなんて思わなかった……


 そんな気分ではないが、マンションに戻る勇気をまだもてなくて、二次会へ行くメンバーの輪に入り歩き始めた。


 前を歩く社長達の足が止まった。



「こんばんは……」







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