となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 あれから一か月余りが過ぎた。

 広瀬様は、忙しいようで帰りも遅い。私も二十四時間待機しているわけではないが、交代のコンシュルジュが、お疲れではないのか?と心配するくらいであった。



 ほぼいつもの時間に、エレベーターが開き、あの彼女が降りてきた。

 いつも笑顔で挨拶を返してくれるのに、その日の朝の彼女は、私の声にも気づかないほど、勢いよくエントランスを抜けて出て行ってしまった。
 ああ、怒ってるな…… あれは……


 私の予想通り、しばらくしてエレベーターから降りてきた広瀬様は、スーツに眼鏡の方で、冷静な足取りのはずだが……  何度もため息をついて、私の目の前を通り過ぎていった。しかも、私の挨拶には気づかずに……

 「素直にあやまって下さいよ!」 と、私は広瀬様の後ろ姿に向かって言っていた。



 私は、お二人が帰るまで落ち着かず、交代せずに残っていた。


 自動ドアが開くと、なんだか騒がしい声が聞こえた。彼女の声だ。
 広瀬様が、しっかりと彼女の腕を掴んでいた。思わず、笑みが漏れる。

 
「おかえりなさいませ」


 彼女はハッとして、恥ずかしそうに私に頭を下げた。



 翌朝、エレベーターから降りた広瀬様の姿が私に近づいてきた。

「どうされました?」


「頼みがある」
 
 広瀬様の深刻な表情に、私も姿勢を正す。


「何でございましょう?」

 何か緊急な事態なのか? あの彼女に何かあったのだろうか?
 私の表情も固くなった。


「来週から留守になる。友里の事を頼む。」


「はい?」


「帰宅時間が遅いようなら連絡くれ。外出はなるべくタクシーを使うよう手配してくれ」


「えーっと……」


「頼む! それから、朝出て来ないようなら確認してくれ。そして、変な奴とかに絡まれたりとか! あーーー。とにかく全部……」

 広瀬様は、必死に頭を下げ、高級そうなワインを差し出してきた。



「-----  ふっ。広瀬様、彼女様を大変愛しておられるのですね。私でよければ、出来るかぎり協力させて頂きます」


 広瀬様の顔が、かーっと赤くなった。


「あっ。いや…… そうだよ!
 ……ありがとう……」


 広瀬様は、慌ててエレベータへと向かって行った。


 本当は住人から物を貰ってはいけない決まりがあるが、今回は有難くワインは頂戴しよう。



 私の思い上がりかもしれないが、広瀬様からの信頼を得られた気がする。


 コンシュルジュをやっていて、本当に嬉しい朝だった。



 二人の幸せを、私は私のかたちで、見守らせて頂きます。


                          ~おまけ完~









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