となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
「そんなに焦らなくても、俺がタクシー捕まえようと思ったのに」
いやいや、そういう事じゃなくてと、言いたいが口がパクパク動くだけだ。
社長は、当たり前のように、タクシーの運転手に行先を告げた。私のアパートとは、てんで離れた住所だった。
はあー。
思わず、ため息が漏れてしまった。
窓の外に目をやると、さっきの公園が見えた。どうも私は、あんなに走って逃げたつもりなのに、公園の周りを一周回って元の位置に戻っていたようだ。
なんだか情けなくて、また、小さなため息が出た。
隣の社長を見ると、窓際に肘をつき、黙って外を見ている。何も言わない。怖い……
私も、窓の外に目を向けた。
移り変わるネオンを見ていると、今日の出来事が蘇ってきた。彼が結婚していた事実。二人の姿が目に浮かび消えない。胸の奥が締め付けられていく。
ぐっと唇を噛み締めた。
すると、頭の上が暖かくなった。社長の手が、優しく私の頭を撫でていてくれた。社長の方に目を向けると、さっきと変わらず窓の外を見たままだった。
私も、黙ってそのまま社長の手に甘えてさせてもらってしまった。
今の私には、暖かくて…… 優しくて……