となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 カチンッと、シャンパングラスを合わせた。
 さっぱりとした甘さにほどよい炭酸が、喉にすっと流れていく。私、喉が渇いていたんだ。会社を出てから何ものんでいない。
 スパークリングワインが、私を生き返らせてくれたような気がした。

 すると、目の前に三種類の前菜が置かれた。
 野菜のピクルス、サーモンのマリネ、鱈とチーズを焼いたもの。目にした瞬間に、お腹がグーッと鳴りそうになり慌てて手で抑えた。

 「さあ、食おうぜ。腹へった」


 「はい」
 思わず、声のトーンが上がってしまった。

 私は、フォークでかぶのピクルスを口に入れた。
 美味しい~
 続けてサーモンのマリネ。

 「美味しすぎる~」
 あまりの美味しさに、声が漏れてしまい、満面の笑みを社長に向けてしまった。

 一瞬、社長の目が見開いたような気がしたが、すぐの笑顔を返してくれた。それは、少し照れたような優しい笑顔で、私の胸の奥の方にすっと落ちたような感覚を残した。

 「それなら良かった。たくさん食えよ」

 シーフードのサラダが運ばれてきた時には、すでにスパークリングワインのグラスは空になっていた。

 「今日は、肉がメインだから、赤ワインでどう? 飲みやすいものがあるから」
 真治さんが、空になったグラスを見て言ってくれた。

 「はい、おまかせします」
 私は、社長より先に返事をしてしまった。

 社長と真治さんが目を合わせて、嬉しそうにほほ笑んだ。なんだか恥ずかしい。

 どの料理も美味しくて、酔いも少しまわり始めたのか、好きな食べものの話など他愛もない話を社長と交わすようになっていた。


 「パスタはどうする?」

 真治さんがメニューを広げて見せてくれた。

 「うわー。どうしよう迷っちゃうなあ」

 「何で迷ってんだ?」
 社長が、少し笑いながら言った。
 社長は、かなりお酒が強いと思う。もうすでに、ワインボトルを空けてしまっているのだから。

 「トマトとバジルか、サーモンのペペロンチーノ。迷うなー」

 「じゃあ、それで」

 「はい、はい」
  真治さんは、ニコッと笑い行ってしまった。

 「あのー 社長も食べたいものがあったんじゃ……」

  私は、申し訳なくなって言った。


  社長の眉がピクリと上がった。
  やばい、やっぱし怒ってる。


 「こんなところで、社長って呼ぶな!」

  社長は、周りに聞こえなよう、小さな声で言った。
  怒ってるのは、パスタの事じゃないようだ。


 「す、すみません……」
  慌て私は頭を下げた。

 「頭なんか下げんな!」
 ヒェー。また怒られたー。
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