となりに座らないで！～優しいバレンタイン～

　車から降りて会長に続き会社の中に入ると、優しい木の香りに包まれた。小さな会社だが、清潔感があり、受付のカウンターから見える社員が、一斉に挨拶してくる。妙な気分だ。

　何んだありゃ～
　突然目に入ってきた光景に、目を疑った。
　大きなガラス窓を、制服を着たままの女子社員が磨いている。窓ふきなんて、清掃業者がやるものじゃないのか？
　しかも、ホースの水を掛けながら数人の社員達と楽しそうにはしゃいでいる。仕事中に遊んでるのか？
　
　すると、脚立に乗っていた女子社員が、俺の方に目を向け、恥ずかしそうに慌てて頭を下げた。

　…………！！！！


　一瞬、周りの空気が止まったのかと思った。


　なんだ、あの目は……
　今まで、あんな目の女を見たことがない。
　大きいとかだけじゃなく、キラキラして見えた。
　屈託のない笑顔とは、こういう事をいうのだろうか？



　俺は、誰にも気づかれないように、軽く頭を振った。少し、疲れているのかもしれない。


「いいもんだろ？」
　知らないうちに、横に立っていたのは、山ノ内建設の社長であるおじさんだ。

「ええ……」

「社員達が、空いた時間を見つけては環境整備を、自らやってくれてる。仕事に煮詰まった時、いい息抜きになるらしい」


「そうですか」
　俺は、特に興味なく返事をした。


　帰る際、なぜか俺は、あの彼女を探していた。奥で事務仕事をしていた彼女が慌てて受付まで出てきた。

「ありがとうございました」

　彼女は、笑顔で頭を下げた。

　俺の胸がなんか奇妙な音を立てた気がする。俺は、いつも通り表情を変えずに、軽く頭を下げた。その瞬間、胸に付けた『篠山友里』というたネームを見落とさなかった。