となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 …………!!

 広瀬さんと目が合う。

 広瀬さんが私を好きって事?

 こんなストレートな告白があるだろうか?
 広瀬さんの目は、思っている事をそのまま言葉にしただけなんだと言っている気がする。
 だからかもしれない、私の中で素直に受け入れられない感情がふつふつと浮き上がってくる。


「どうして……」

 私は、唇を噛み締めた。


「どうした? 言いたい事があるならちゃんと言え。俺は聞く」


 広瀬さんは、落ち着いた声で私を受け入れようとしてくれているのが分かる、だけど、私は苦しくなっていく感情を抑える事ができない。



「だって… だって私は…… 不倫していたんですよ……  あなただって最低な女だって思っているでしょ?…… こんなの自分だって嫌なのに…… 好きだなんてある分けない…… 心配してくれているのなら、私は大丈夫ですから……」


 もうこれ以上傷付くのは嫌だ。

 
 広瀬さんは、一歩づつ私に近づいてきた。
 きっと、冷静に考えたら気づくはず。広瀬さんは、去って行く。
 そう思った。


 下を向いた体にぎゅっと力がかかる。広瀬さんが私を抱きしめた。


「はやく、荷物用意しろ!」

 言葉は乱暴だが、私の耳にはとっても優しく響いた。


 えっ?

「私の言った事、聞いてました?」


「ああ…… あんたは普通に恋愛していただけだろ? 相手が悪かっただけだ…… だから、言っただろ? あいつが触れて物は置いていけと。もう過去の事だ、忘れろ。俺は過去の事は気にしない。これからは、俺だけを見ていればいい」


 私の胸の中が、ほっと落ちていくような気がした。

 正直、彼の言葉は気の利いたものではない。しかも、かなり強引だ。でも、嘘はないんだと思えた。


 私は、また目から落ちそうになる涙を手で抑え、クローゼットからスーツケースを出した。







 
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