となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 定時に仕事が終わると、急いでスーパーへ向かた。半分スキップで帰る私を堀野さんが、首を傾げてみていたが、とりあえず手を振って別れてきた。


 今夜は、炊き込みご飯にさばの味噌煮。冷しゃぶ風のサラダにあさりの味噌汁。

「ただいまー」

 玄関から、ガチャっと音がした。


「おかえりなさい」

 七時半、かなり早い時間のお帰りだ。
 玄関を上がると、一也は眼鏡を外す。毎回の事だが、この瞬間から仕事モードが切り替わり、表情も緩む。私の一番お気に入りの顔だ。


「おうー いい匂いだ」


「早くお風呂入っておいでよ」

 私はキッチンに入り、サラダの仕上げにかかる。


「ああ……」

 一也は、キッチンを覗き、軽く私の頬にキスをして、お風呂へと向かった。



 二人で食卓を囲む。

「旨いー」

 一也は、何を作っても旨いと言ってくれる。
 仕事で見せる几帳面さはなく、家ではかなりいい加減な人だ。


「ねえ?」

「どうした?」

 一也は、箸を止めることなく、私に目を向けた。


「あのね…… ハウスキーパーさんの事だけど、お断りしてもいいかな?って思うんだけど」


「別に構わんが、友里だって仕事してるんだし、掃除くらい頼んでもいいんじゃいか?」

 


「ううん。掃除も、自分でやりたいの……」


「どうして?」

 一也、は不思議そうな目線を送ってきた。


「…… だって、自分の家だから……」

 確かに、プロのハウスキーパーさんは、細かいところまで綺麗にしてくれる。でも、自分の住む部屋を人に任せるのは、なんだか落ち着かない。それに、お金をかけて人に頼むのは、贅沢な気がする。

 一也を見ると、私を見たままフリーズしている。なんか、悪い事言ってしまったのだろうか?
 そっかぁ、自分の家だなんて、おこがましかったなあ……

 ちょっと肩を落とし、小さく息をつく。

「ああ…… 友里の家なんだかから、友里の好きにすればいいさ。明日にでも、断っておくよ」


 彼は、嬉しそうにそう言って味噌汁をすすった。
 怒ってはいないみたいだ。


「あのね、明日じゃなくていいの。今度の休みに、三好さんていうキーパーさんに担当をお願いして欲しいの……」


「なんだそりゃ?」


「お願い」

 私は両手を合わせ、彼を見つめた。

 彼の顔が緩む。

「俺にはよくわからんから、明日、友里が連絡すればいい。大変だったら、また頼めばいいしな」


「うん」

 良かった……
 三好さんとは、あれから会っていない。私が仕事に行っている間にお掃除に来てくれているみたいだ。
 ずっとあの時のお礼を言いたかった。できれば、今度はお友達として仲良くしてもらえないかと思っていた。

 嬉しくなって、大きく開けた口に炊き込みご飯を入れた。


「あのさ?」

 今度は、一也が何か言いたそうに私を見た。
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