溺愛の価値、初恋の値段
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マンションに帰りつき、シャワーを浴びていつものパジャマに着替えてもまだ、わたしは夢の中にいるような心地から抜け出せずにいた。
今夜起きたことが現実だとは、思えなかった。
ずっと知りたいと、会いたいと思っていたお父さんが、こんな近くにいたなんて。
飛鷹くんがお店に連れて行ってくれなければ、この先も知ることはなかったかもしれない。
偶然にしては、出来すぎだ。
そう、これは……偶然なんかではない。
隣の部屋と繋がっていると知っていても、一度も開けたことのない白いドアをノックした。
「……飛鷹くん、入ってもいい?」
「どうぞ」
そっとドアを開けると、飛鷹くんはベッドの上でタブレットを眺めていた。
「仕事?」
「いや。明日の夜、人と会う約束があるから、その連絡してただけ。どうしたの? 海音。独り寝が寂しくなった?」
にやりと笑ったのは、いつもの――わたしの知っている飛鷹くんだ。
「訊きたいことがあるの」
「おいで」
差し伸べられた手に手を載せ、引き寄せられる。
踏み止まれずに、飛鷹くんを押し倒すようにしてベッドの上に倒れ込んだ。
たった二晩、一緒に眠っただけなのに、その温もりに身体はすっかり馴染んでいる。
「魚より、いい抱き枕でしょ?」
「……うん」
「何が訊きたいの? 昨夜の感想? 俺も訊きたいよ。海音が、どれくらい気持ち良かったのか」
耳元で囁かれ、わたしは勢いよく首を横に振った。
相手に感想を訊くからには、自分の感想を言わなくてはならないということを、すっかり失念していた。
(ちょっとでも、訊いてみたいと思ったわたしが馬鹿だった……)
「別の方法で聞かせてくれてもいいけど?」
「……無理」
飛鷹くんは、声を立てずに身体を震わせて笑う。
「海音と音無さんは、似てるね」
「そう、かな? どこが?」
「鼻とか、眉とか……耳の形とか」
顔を上げたわたしの鼻に、眉に、耳に、飛鷹くんがキスを落とす。
「料理が好きなところも」
「好きのレベルがちがうよ」
「でも、食べる人に幸せな気分になってほしいと思っているところは、一緒だよね? 俺は、海音の料理で、いつも幸せな気分にさせてもらっているよ」
昔のわたしなら、きっと舞い上がっただろう。
でも、いまのわたしは、素直にその言葉を受け入れられない。
だから、話題を捻じ曲げた。