溺愛の価値、初恋の値段
「そう言えば……調理学校で、講師もしているんですよね? だから、教え方が上手なんですね」
「えっ!? どうしてそれを……」
手を止めて勢いよく振り返った音無さんの顔が、強張っている。
「偶然、パンフレットをもらったら、音無さんが載っていたので……」
「……恥ずかしい。講師なんて柄じゃないから、断りたかったんだけど、あの学校に知り合いが勤めていて……半ば強引に押し切られたんだよ」
「そこの学校、主婦向けのお料理教室もやってますよね? もし、音無さんが担当になったら、希望者が殺到しそう。頼まれることはないんですか?」
「いやいや、無理だから! 僕は、人前だと緊張して何もしゃべれなくなるし、ましてや女性相手なんて、とんでもない!」
「でも、そんなふうには見えません」
「料理している最中は、大丈夫なんだよ。厨房の中では女性じゃなくて、助手だから。でも、一旦料理を離れると、まるでダメだね」
「わたしとは、普通に話しているのに?」
「海音さんは、特別。その……一応……娘、だからね」
そう言った音無さんの耳が、ちょっぴり赤くなっている。
料理一筋で、優しくて、不器用で。
突然、天然の口説き文句を口にする。
お母さんが、この人を好きになったのもわかる気がした。
出来上がったボロネーゼにはパルメザンチーズが贅沢にかけられ、合間に作った卵スープはパン粉やナツメグが入っていた。
どちらも家庭で作れるレシピだけれど、器がいいと超高級料理に見える。
「お皿って、大事なんですね」
「見た目も味覚に影響するからね。それに、料理に合わせて食器の素材を考えることも大事。食器も料理の一部だよ」
挽肉のほどよい柔らかさ。パルメザンチーズの溶け具合。パスタの絶妙な食感。卵スープの優しいぬくもり。味を感じられなくとも、十分楽しめた。
食後のコーヒーを飲み、野暮用だと言って何本か電話を架けた後、音無さんは緊張した面持ちで告げた。
「海音さん。朝、出かけたい場所があると話したと思うんだけど……F県に――咲良のお墓に行きたいんだ。案内を頼めるかな?」