溺愛の価値、初恋の値段


飛鷹くんは、わたしをリビングのソファーに座らせて、目の前に跪いた。


「海音……ごめん。あんなところ、見せて……」


俯き、項垂れ、見るからに打ちひしがれていて、いつもの俺様暴君ぶりはすっかり鳴りを潜めている。


「言い訳にしかならないけど……あのキスは、不意打ちだった。あの日、葉月は俺が頼んでいたものを持って来たんだ。受け取るだけで、部屋に上げるつもりはなかった。葉月とは、そういう関係じゃないし、これからもそうなることはあり得ない」


嘘を吐いているとは思わなかった。
都合の悪いことを隠すために、偽りを並べるような人ではない。


「うん。でも、葉月さんは、飛鷹くんのことが好きだから、わざわざホテルのバーに誘ったって言ってた。だから、わたしからの電話にわざと出た」

「電話……?」

「飛鷹くんがホテルに泊まった日……ミーティングに入って来ないって、ロメオさんから連絡があったの。それで、電話をしたら……葉月さんが出て、飛鷹くんはシャワーを浴びているって、言われた」

「あ、れはっ! あの日は、確かに葉月と飲んでいたけど、本当に何もなくてっ……」


飛鷹くんは、ただでさえ顔色が悪いのに、いまや真っ青だ。


「彼女でもないし、元カノでもないわたしが、そんなこと思うのはおかしいってわかってるけど……二人がそういう関係だと思ったら、飛鷹くんと普通に接することもできなくて。きっと何かの間違いだって思おうとしたけれど……でも、二人がキスしているのを見て……」

「海音っ! 本当に、何もしてないんだ。いや、キスは避けられなかったけど、でも、あの夜はひどく酔ってて具合が悪くて、とてもそんなことできるような状態じゃなかった。葉月は、自分の家に帰ったし、俺はひとりで泊ったんだ。だから……っ」

「うん、わかってる。葉月さんも、何もなかったって言ってたから」

わたしの言葉を聞いた飛鷹くんは、ぽかんとした表情になる。
葉月さんの行動をまったく把握していなかったらしい。

「海音、もしかして……葉月と会った……?」

「今日の午後、会った。あの夜も何もなかったし、高校生の時も最後まではしていないって言われた。飛鷹くんは、葉月さんのこと友だちとしか思っていないって。でも……飛鷹くんが、わたし以外の人とキスとか、ああいうことをするのが…いやだって思った。たとえ一回だけでも、高校生の時でも……と、途中まででもっ……やだった」


泣くつもりなどなかったのに、話しているうちに涙が込み上げて来た。


「葉月さんに、飛鷹くんがわたしと一緒にいるのは、十年前のことを償うためで、同情や罪悪感からだって言われて……言い返せなかった。だって、そのとおりだって……思って。事故じゃなかったのに事故だって言って無職のわたしを雇ってくれたのも、音無さんを探し出してくれたのも、あの時のことっ……」

「海音」


固く握りしめた手に、大きな手が重なった。


「……ちがうから」


俯いていた顔を上げると、キスが降って来た。

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