溺愛の価値、初恋の値段
「……っ!」
ゆっくり、重ねた唇が離れていく。
「確かに、海音に対して罪悪感はある。日本に戻って、いままで海音がどうしていたのかを知って……すごく後悔した。どうしてあの時、海音の話をちゃんと聞かなかったのかって。怒りに任せて、一方的に責めた自分が恥ずかしかった。サイテーなのは……海音じゃなくて、俺だった」
飛鷹くんは、もう目を逸らしたりはしなかった。
わたしの目をまっすぐ、見つめていた。
「最初は……海音が俺に何も言ってくれなかったことがショックで、海音が信頼してくれなかったことに傷ついて、だからあんなふうに腹が立ったんだと思っていた。でも、海音に会えなくなって、しばらく経ってから気づいた。あんなに腹が立ったのは、海音のせいじゃなかった。自分が海音に何もしてやれないから。海音が抱えていたものを打ち明けられたとしても、子どもの俺には何もできないって、わかっていたからだった。だから……早く大人になりたかった」
そこまで話したところで、飛鷹くんは自嘲の笑みを浮かべた。
「償うには遅すぎるかもしれないけれど……大人になったから、海音のためにできることは全部してやりたかった。子どもの頃には、できなかったことも。大人になったいまでなくては、できないことも。俺と海音、二人でしかできないことも」
わたしも同じだった。
あの時、何もできない子どもの自分がいやだった。
夢を諦めたのも、進学しなかったのも、早く大人になりたかったからだ。
働いて、お金を稼いで、自分の力で生活して――。
そうして急いで大人になったけれど……
大人になったらしたいと思っていたことは山ほどあったのに、どれも意味のないものになっていた。
お母さんも、飛鷹くんも、とっくにわたしの前からいなくなっていた。
「海音。あの時……酷いことを言って、ごめん。海音を傷つけたまま、十年もひとりにして……ごめん。許してほしいなんて、虫のいいことは言えないけれど……でも、海音と一緒にいたいんだ。罪悪感や償いのためだけじゃない。海音のことが……好きだから」
あまりにも、わたしにとって都合のいい飛鷹くんの言葉だった。
実は夢を見ているんじゃないかと、思った。
「……ほ、んとうに?」
「罪悪感や償いから、キスしたいとは思わないし、抱きたいとも思わない。海音は、どうなの? 償うためだけに、帰って来たの? 海音も……俺に対する罪悪感をずっと抱いていたんじゃないの?」
「そう、だけど……でも、違う……罪悪感とか、償いとかじゃなくて……」
「じゃあ、どうして?」
わからないことがあれば、答えを聞くまで引き下がらないのは、相変わらずだ。
飛鷹くんらしい問いに、わたしは泣き笑いになった。
「……き、だから」
「聞こえないんだけど?」
意地悪く、やり直しを要求される。
すっと息を吸い込んで、もう一度。
今度はちゃんと笑って――。
「飛鷹くんのことが……ずっと、好きだったから」
ようやく伝えたかったことを言い終えると、飛鷹くんも笑った。
「俺も……海音のことが、ずっと好きだった。いまは、前よりもっと好きになった。だから、ずっと一緒にいたい。……海音が、いやじゃなければだけど」
飛鷹くんの笑顔は、あの頃よりも破壊力を増している。
わたしを取り巻く罪悪感や劣等感、不安やためらいをあっけなく打ち砕き、
本当の本音をあっさり暴いてしまう。
「……いやじゃない。わたしも……一緒に、いたい」