溺愛の価値、初恋の値段

◆ ◆ ◆


焼き鮭、ほうれん草のおひたし、卵焼きに昨夜の残りの筑前煮。具沢山の汁にお味噌を溶いて、炊き上がりを知らせる炊飯ジャーの蓋を開け、ツヤツヤのごはんを軽くかきまぜる。

狭い居間の小さなテーブルに朝食の準備を終えたのは、七時半。
寝ているお母さんを起こす。

いつもの朝だ。


「お母さん! 朝ごはんできたよ!」

「ありがとう、海音。いま起きるわぁ……」


欠伸まじりの返事が聞こえた。

昨夜、お店に京子ママが来たらしく、お母さんが帰宅したのは明け方近かったのだ。
眠そうな顔のお母さんは、パジャマのまま起き出してきた。


「ん、美味しい」


お味噌汁をひと口のんで微笑む。


「海音は、どんどんお料理が上手になるわね? やっぱり、彼氏に食べてもらいたいと思えば、頑張る度合が違うわよねぇ……」

「そ、そんなことないよ……」


 恥ずかしさをごまかすように、勢いよくごはんを口に運ぶ。


「ねえ、海音。高校の入試って、いつだったかしら?」

「え? 私立は二月半ばくらい。公立は三月だけど?」

「ついこの間、願書を出していたけれど……まだ受け付けているのよね?」

「うん。学校によるけど、二月の上旬くらいまでは受け付けているんじゃないかな?」

「…………あのね、海音」

「なあに?」


いつになく歯切れの悪いお母さんに、箸を持つ手を止める。



「F県の高校も受けてみない?」



「え……? どうして?」



予想もしていなかった話に、驚く。

F県は、隣の県だから遠方というほどではないけれど、まったく知らない土地だ。


「お母さんの実家がF県にあって……海音に、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしてもらわなくちゃならないかもしれないの」

「で、でも、お母さん……お店……」

「お店を閉めなくちゃならないの」

「どうして? お金のせい? お金が必要なら、わたしバイトするし……ううん、高校に行かなくてもっ……」


小さなスナックだけれど、お母さんがどれほど自分の店を大事にしていたか知っている。
自分にできることがあれば何でもすると言うわたしに、お母さんは苦笑した。


「ありがとう、海音。でもね、お金のせいじゃないの」

「じゃあ、どういうこと?」

「お母さんね。この前、風邪気味で病院へ行ったでしょう?」

「う、うん」

「その時、ついでだからって思って、いろいろ検査したんだけどね……」



お母さんは、ふわりと笑った。








「お母さん、癌なんだって」

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