溺愛の価値、初恋の値段

驚いて顔を上げた瞬間、柔らかなものが唇にそっと触れた。


(キス……してる……? わたし、飛鷹くんとキスしてるっ! え……く、口の中にっ……!)


何が起きているか理解した途端、パニックに陥った。
初めてのキスは、唇を触れ合わせるだけ……なんていう慎ましいものではなかった。

舌まで絡め合う濃厚なキスだ。


「……んうぅ」


飛鷹くんは、窒息寸前になったわたしがジタバタし始めると、ようやく唇を離した。


「海音?」


とても飛鷹くんの顔を見ていられない。


「いやだった?」


俯いたわたしの耳元で囁く声は……いつもの飛鷹くんの声とちがう。
お砂糖をたっぷり入れたカフェオレとかミルクティーのように、甘い。


「………い、いやじゃない……デス」


驚いたけれど、嫌悪感はなかった。


「なんで敬語なの?」

「な、なんとなく……」

「いやじゃないなら、もっとしてもいい?」

「え……っ」

「ダメなの?」

「ダメ、じゃない、けど……」

「けど、なに?」


ぜんぜんモテない彼氏のいないわたしでも、キスの先に何があるのか知っている。

彼氏がいる同級生の中には、すでに初体験を済ませている子もいて、女子トイレや教室で赤裸々な話を耳にする。
痛いとか、キモチイイとか、さまざまな意見が飛び交っていて、どんなものなのか気にならないと言ったら、嘘になる。

でも、お母さんには「結婚するまで、エッチはしちゃダメよ!」と強く言われているし、もしも赤ちゃんができたらと思うと、怖い。

そんなわたしのためらいを感じ取ったのか、飛鷹くんは笑った。


「キス以上はしないよ、いまは。いつか、それ以上のことすると思うけど」


いつか、とは具体的にいつなのか、恥ずかしくてとても訊けない。
ますます俯くわたしを飛鷹くんが覗き込む。


「ねえ、海音。俺のこと好き?」


飛鷹くんは、もう笑っていなかった。


いつもの自信はどこへいったのか、長いまつげに覆われた瞳は不安げに揺れている。


飛鷹くんは、わたしの前では、ニコニコキラキラの王子様ではない。
けれど、色んな顔を見せてくれる飛鷹くんのほうが、わたしは……。



「……好き」



飛鷹くんが、唇が綻ばせて笑う。

とっても、嬉しそうに。

その笑顔を見たら、わたしも嬉しくなった。



「俺も……海音が好きだよ」



その日、その瞬間、わたしはまちがいなく世界一幸せな女の子だった。

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