モブ子は今日も青春中!

兄 ②


 1つ、息を小さく吐いて、ドアをノックする。

「はい。」

 兄ちゃんの優しい声が室内から聴こえた。
 ドアを開けて中を覗く。
 兄ちゃんは音楽をかけながら机に向かって勉強をしていた。私からは今、兄ちゃんの背中しか見えない…。

「…思い出したって?」

 兄ちゃんがペンを走らせながら言った。

「…うん。」

 
「何もしないから、入れよ。」

 手を止めて振り向いてくれた兄ちゃんを見て、驚く。


「兄ちゃん、どうしたの?そのケガ。」  

 兄ちゃんは、頬に痣を作っていた。

「父さんに殴られた。」

 兄ちゃんは座っている椅子を揺らして笑った。


「俺、父さんに言ったんだ。事故の前、かなめに告白したこと。」

 『告白』という言葉にドキッとする。


「あのときは混乱していたかなめを動揺させるようなことを言って、悪かった。事故も防げなくて…かなめに何かあったらどうしようって、すげー狼狽した。」

 兄ちゃんが自嘲気味に微笑む。

「でも、俺は本気だよ。かなめにとって俺は『兄ちゃん』でしかなかったのかもしれないけど、俺の告白だって、かなめにとっては逃げ出したいくらい…忘れたいくらいの出来事だったのかもしれないけど…、かなめのことは、1人の女の子として俺が大事にしたいと思ってる。」

 兄ちゃんが真剣な眼差しで私を見上げる。

 そんなことを言われても、どうしたらいいのかわからない。だけどもう、兄ちゃんの思いから逃げていてはいけない気がした。

「……。」

「高校卒業して大学に入ったら、籍を抜いてほしいって頼んだんだ。」

「え?」

「…で、これ。」
 兄ちゃんが痛々しい痣の残る頬を指差す。

「俺のもとの両親は俺が5歳の時に離婚して。俺の母さん…、産みの母親は夏子さんって言うんだけど、子どもの頃から定期的に会ってたんだ。それでずっと一緒に暮らせないかって言われててさ。」

 知らなかった。
 兄ちゃんにそんな人がいたなんて。
 
「大学の学費は父さんたちに借りることになってしまうから、せめて国立とは考えてるんだけど。」

 兄ちゃんが溜息をついて、机の上のノートを一瞥した。


「…俺は、もうすぐ『三津谷』じゃなくなる。」

 私の手を取り、兄ちゃんが立ち上がる。

 兄ちゃんを見上げる。
 兄ちゃんが、本当に兄ちゃんじゃなくなってしまう。


「これってどういう意味かわかる?かなめ。」

 兄ちゃんがそっと私を抱き寄せて、そう耳元で囁いた。



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